取材は、取材対象者の生の声を記事に取り入れることができ、より深い内容にできるメリットがある一方で、限られた時間の中で読者に届けたい情報をきちんと引き出すことが求められるため至難の業です。 今回は医療の分野で数多くの取材を実施してきた有限会社ウエル・ビー 代表取締役で医療ライターの中保裕子さんに取材にまつわるさまざまなお話を伺いました。
多いときは年間60日間の出張取材。時代とともに変わってきた取材の数
―これまでに医療分野で行ってきた取材について、お話を伺えますか?
1993年に個人事業主としてフリーランスとなった当初から医療系の取材は数多く実施してきました。主に医師が中心ですが、看護師や薬剤師、理学療法士などの医療従事者も取材してきました。
時代の流れもあって昔は紙媒体の取材が多かったですが、今はWEB関連の取材も多いですね。
紙媒体の時は、年間60日間の出張で全国をまわり、年間80本ぐらいの取材をしていたこともありますが、ここ数年は年間に20本から30本ぐらいの取材を紙、WEB問わず行っています。
取材の要である事前準備。垂直情報と水平情報の組み合わせ
―取材に向けた準備はどのようなことを行いますか?
基本的な準備としては、取材対象者の論文や領域に関することは一通り調べます。ネット検索で対象者の名前を打ち込んで、論文以外にも学会での発表や勤務先の取り組みなども調べますね。また、取材対象者がその製薬企業の他資材にも掲載されている場合は、その資材を提供いただいたりもします。資材には製薬企業がその医師のどういう取り組みや意見を重視しているのか、同じ領域の資材であれば医師に何を語ってほしいのかが分かりますので。
それとは別に、日頃から関連領域のガイドラインに目を通すことや学会に参加することも積極的に行っています。取材対象者の個にまつわる「垂直情報」と、ガイドラインや最新知見などの「水平情報」をあわせることが大事だと思っています。
媒体のターゲット層を意識した取材
―取材した記事を掲載する媒体によって注意している点はありますか?
取材自体に特別な違いはないですね。ただ、記事の表現方法が変わる場合がありますね。特にWEBの場合は、長すぎる文章を読者が好まない傾向もあるので、それを考慮して質問事項を細切れにして多めに作ったり、なるべく結論を先に伺うようにします。
また、紙媒体の場合は取材記事を手にするターゲットは限られていて、その知識レベルも明確なことが多いですが、WEBの場合はターゲットが広くなりますし、知識レベルもさまざまなので、取材時にも細かい点をあえて聞くようにしていますね。
潜在的なものを引き出すのが取材の真骨頂
―今までの取材で上手くいったと感じるものはどのようなものでしたか?
取材対象者の潜在的な問題を取材の中で引き出せたときは、有益な時間が過ごせたと感じました。取材はお互いにとって限られた時間でもあるので、本来の趣旨以外のことを引き出すのはなかなか難しいのですが、内に秘めていた思いや考えを引き出すと、取材の価値が大きく変わると思います。そういう有益な時間を作れた時は、取材対象者の表情も違ってきます。
そのための手法として、全く異なる領域の事例を持ち出して投げかけることもあります。当たり前の流れではないところで、価値を生み出せる場合があるからです。
―その他に取材をよりよくするために心がけていることはありますか?
雰囲気作りは大事ですね。にこやかな表情で傾聴の姿勢を示すことはもちろんですが、ボディランゲージも使って相手から上手に言葉を引き出すことも心がけています。
取材は生もの。だからこそ難しい。
―逆にこれは上手くいかなかったと思う取材はどのようなものでしょうか。
自分の中で取材のシナリオを作り上げてしまった時に、取材対象者からテンプレート通りの回答しか得られずに終わったことがありました。
取材前の準備で資料が十分に得られることはなかなかありませんが、資料の中に今回の取材で伺う内容があった場合など、こういう回答だろうと決めつけて挑むと、それ以上の解は得られません。もちろん十分な準備は必要ですが、そこに引っ張られてしまわないようにすることは大事ですね。
―具体的にどんな工夫をされているのでしょうか?
取材前に読み込んだ資料の内容を、取材の現場では一回忘れるようにしています。知っている体ではなく、知らない体で挑み「知らないので教えてください」という気持ちで取材対象者と向き合っています。
また、質問の仕方も工夫するようにしています。なるべく「オープンクエスチョン」で取材対象者が拡がりのある回答ができるようにし、途中で「クローズドクエスチョン」を挟んで、内容の確認を行うようにしています。
全ては患者さんのために。
―最後に、取材を行ううえでご自身が一番大切にしていることを教えてください。
どんな取材の場合でも、【何を引き出せば患者さんにとって有益になるのか?】を考えるようにしています。
医療分野の取材は医師向けや医療従事者向けが主ですが、その先には必ず患者さんの存在があります。チーム医療であれ、医師と患者さんのコミュニケーションであれ、化学療法中の副作用対策であれ、患者さんにとって少しでもためになる医療に役立つ記事にしたいと思っています。私が最も多くの取材を行ってきたのはがん医療の分野ですが、独立した1990年代にインフォームド・コンセントの概念が登場し、2000年に入ると「Breaking Bad News=悪い知らせの伝え方」の医師向け研修が行われるようになりました。2010年以降になると、さらに患者さんの意思決定が重視されるようになりました。そういう流れを先頭に立って創り上げてきた医師の取材を数多くしてきて、自然と「患者さんのため」を志向するようになったように思います。これからも、いつまでも患者ファーストでいたいですね。
いかがでしたでしょうか?取材の良し悪しはその後の記事にも大きく左右します。もちろん入念な準備は大事ですが、取材に挑む姿勢やその思いが取材や記事をよりよいものにしていくのかもしれません。
取材 Medinew編集部
今回の取材先
有限会社ウエル・ビー(
https://well-be.biz/
)
医薬・医療・健康領域を専門にしたインサイトリサーチ・取材・制作・ライティングを提供しています。