表紙に100案!? 妥協しないフリーペーパー 「ヘルス・グラフィックマガジン」

表紙に100案!? 妥協しないフリーペーパー 「ヘルス・グラフィックマガジン」

今年で創刊9年目、全国600拠点で配布。年4回の季刊誌として毎号発行部数は15万部。これはどこかの出版社の話ではなく、アイセイ薬局という調剤薬局が発行するフリーペーパー「ヘルス・グラフィックマガジン」の話です。

毎号ひとつの症状や病にスポットライトを当て、わかりやすく解説するこの冊子は、2015年にはグッドデザイン賞を受賞するなどデザイン面でも高く評価されています。今回は2代目編集長として制作の舵をとるアイセイ薬局の門田伊三男さんにお話をうかがい、「ヘルス・グラフィックマガジン」誕生の背景や制作の裏側をたっぷりと教えてもらいました。

地域医療のハブのような存在になりたい

御社がフリーペーパーとして発行する「ヘルス・グラフィックマガジン」はどのような冊子ですか?

門田  毎号ひとつの病気や症状にフォーカスして、ビジュアルを交えて解説するフリーペーパーです。2010年に創刊し、今年で9年目。9月に出た号でVol.35となりました。全国に約360店舗あるアイセイ薬局をはじめ、スポーツクラブや図書館などにも置いていただいており、合計600拠点くらいで配布しています。また、Webサイトでも閲覧でき、有料ですが定期購読サービスも行っています。

ビジュアルにインパクトがあり、読み物としても非常に面白いです。最新の医療情報も掲載されていて内容も濃いですね。どのようなきっかけで生まれたのですか?

門田  ご存知の通り、調剤薬局は病院からの処方箋を持ってお薬を受け取りに行く場所です。患者さまはそれ以上の期待もしていないし、そういうところだと認識している方も多いかもしれないですが、薬局としては「患者さまや地域の皆さまの健康を応援したい」という思いがあります。そのため、店舗では健康チェックなどのイベントを以前から定期的に行っており、その一環でヘルスケアに関する健康情報を冊子にして発信してはどうか、という話が出て本冊子を創刊しました。つまり、薬局として患者さまとしっかり向き合い、「地域医療のハブのような存在になりたい」という思いからはじまったのです。

正方形という独特の形が魅力的ですね。

門田  この形は創刊号から変わっていません。薬局に置く冊子なので、お薬と一緒に配りやすい形であることがまず大事でした。袋に入りやすい形でコンパクト、ということです。また、正方形はデザインの自由度も高いんです。

表紙案はなんと100個!ビジュアルが大切

デザインというワードが出ましたが、ビジュアルへのこだわりがフリーペーパーとは思えません。どのような体制で作成しているのですか?

門田  私が編集長で、記事とデザインの責任者です。社内にはあと2名スタッフがいて1人はデザイナー、 もう1人は広告ページのセールスと進行管理を担っています。あとは、外部のライターとデザイナーにご協力いただいています。

少人数のチームで驚きました。1冊作り上げるのにどのくらいの時間をかけていますか?

門田  発刊の5ヶ月くらい前に最初の編集会議を行い、全体の構成を決めます。そして、監修者となる医師に取材をします。ある程度、内容が固まってきたところで、グラフィックでどう見せるかを考えるのですが、これが発刊の2〜3ヶ月前で、週1回くらいのペースで表紙やデザインの検討会を行います。冊子の顔である表紙は読者の期待が大きいので、多いときで100個ぐらいデザイン案を考えることもあります。

毎号、趣向を凝らしたデザインで興味を喚起しつつ分かりやすく解説。
つまらなそうと思われがちな医療・健康に関する情報を、インパクトのあるイラストや写真をふんだんに使って、面白く・分かりやすく・正しく伝えています。

それはすごいですね。門田さんはもともとデザインへの関心が高かったのですか?

門田  前職が広告制作会社でアートディレクターをやっていたので、デザインは私自身の専門領域です。なぜいまここで働いているのかというと、以前の会社では、車、化粧品、お菓子などさまざまな広告を手がけていましたが、一過性のプロモーションに携わることがほとんどでした。私としては、もっと深くプロジェクトやブランディングに関わったり、戦略を立てたりといった仕事をやりたいという思いがあったんです。また、「健康」は老若男女あらゆる方に関わるテーマで、すごく広いし深いです。そこに惹かれたというのもありました。以前から「ヘルス・グラフィックマガジン」のことは知っていたし、アイセイ薬局のホームページも薬局らしくなくて洗練された印象を持っていたので、デザインやコミュケーションのスキルを発揮できる場所だと思い、ここで働きたいと思いました。

情報の正確さと鮮度の高さを追求

「ヘルス・グラフィックマガジン」の中身について詳しく教えてください。毎号、1テーマに絞っているのはどうしてですか?

門田  1テーマに絞ることで読者が意識を集中しやすくなり、情報が伝わりやすくなるからです。そのため、創刊当初から1冊1テーマというスタイルを続けています。また、1番大切なことは、情報の正確さと鮮度の高さだと思っています。ネットなどで不確かな情報が蔓延している時代だからこそ、1テーマに絞って、その分野の専門医にしっかり取材をして、確かな情報・最新の情報を載せるよう心がけています。

ここまでデザインの作り込みや、企画のバラエティ性などにこだわる理由は何でしょうか?

門田  医療や健康に関する冊子は、つまらなそうと思われがちです。せっかく役に立つ情報なのに、読む気にならないのでは意味がありません。そのような思いがあるため、表紙に関しては、つい気になって手に取ってしまうインパクトのあるビジュアルを意識しています。中身に関しても、ビジュアルを重視してイメージで伝えるのが前提です。ビジュアルの力を最大限駆使して、難しい情報を魅力的に伝えるというコンセプトは、創刊当初から変わっていません。

特集のテーマはどのように決めていますか?

門田  悩んでいる方が多いテーマ(疾患)で、季節感も大切にしています。また、基本的には予防の啓発になるものを選んでいます。治療というよりは、セルフケアができて予防に役立つものを意識しています。例えば、2018年夏の「きず・やけど」を扱った号は、夏休み前に店舗の薬剤師が地域の小学校に出向いて配布しました。ほかには冊子と連動した予防医療啓発セミナーを地域住民向けに開催したりと、ヘルスケアプロモーションとして多彩な広がりを見せています。お子さんからも人気なんですよ。

小さなお子さんも手に取る本なのですね。グラフィックが大事という意味も、改めてよくわかりました。

門田  ビジュアルが派手なので若い方向けと思われがちですが、シニア層の読者も少なくありません。年齢性別問わず、面白かったとか、わかりやすかったとご好評いただいています。このような冊子は世界でも珍しいようで、海外でもSNSで「こんな面白いものがあるよ」と取り上げられたり、ロンドンのミュージアムで展示されたりもしました*。

* ロンドンにあるWellcome Collectionギャラリーで開催された「Can Graphic Design Save Your Life?(グラフィックデザインは私たちが生きるために役立つか?)」という展示会に、医療・健康に関するグラフィックデザインの活用例のひとつとして「ヘルス・グラフィックマガジン」が選出され、2017年の年末から2018年1月にかけて冊子が展示された。

Webと紙媒体、2つの軸でさらなる可能性

これまでで、とくに反響が大きかったのはどの号ですか?

門田  2018年冬の「乾燥肌」をテーマにした号では、メロンにパックを貼った表紙を作成しましたが、多くの方から面白いと言っていただきました。当然、メロンをメインビジュアルにしたのには理由があります。メロンの表面の凹凸には乾燥が関係しており、ロジカル的にも乾燥肌を意味するのです。それと、「“マスク”メロン」というダジャレです。ビジュアルの面白さとコンセプトがマッチして多くの方から反応があったので、非常に印象深い表紙となりました。また、先ほどもお話しした2018年夏の「きず・やけど」もそうです。きずができたら乾かすというのが従来の治療法でした。そう信じていた読者も多かったようですが、いまは湿潤療法という乾かさない方法が良いとされていて、それを大きく紹介しました。そのときの反響もとても大きかったですね。

今後、『ヘルス・グラフィックマガジン』で実現したいことを教えてください。

門田  さらに多くの方に手に取ってもらうようになることです。おかげさまで、拠点数は約600ありますが、それでもまだまだ少ない気がしています。今後はもっと増やしていきたいです。また、Webサイトも充実させたいです。Webなら世界中の人が見てくれるため、さらにお役に立てる場所が広がると考えています。冊子では文字数制限があり仕方がなく削ってしまう情報もあるのですが、Webならそのような制約がなく情報を伝えることができます。もちろん、紙媒体も大事です。さまざまな場所に置いてあって、老若男女に手に取っていただけることは紙媒体ならではの強みです。Webと紙の両軸で読者を増やしていきたいです。

会社としては、ほかにはどのようなことに挑戦したいですか?

門田  情報をわかりやすく提供する、ということに関しては、「健康」や「医療」はほかのジャンルに比べて遅れている気がします。そのため、「ヘルス・グラフィックマガジン」を長年作ってきたノウハウを活かして、健康や医療に関する制作物の受託制作をスタートさせました。今後は、自社媒体に限らず、健康・医療の情報を魅力的に伝えることを通して、お役に立てたらうれしいと思います。

今後、医療業界でも、誰もがとっつきやすい刊行物やアイテムが増えると面白いですね。『ヘルス・グラフィックマガジン』がひとつの起点となり、業界がより活気づくことを期待したいです。この度はありがとうございました。

取材 / 半澤則吉・Medinew編集部 写真 / 岸本淳

今回の取材先  株式会社 アイセイ薬局

調剤薬局経営を中心に、医療モール開発、医師の医院開業・医療経営支援、介護福祉事業、調剤薬局の経営連携・事業承継など、地域医療から始まる次世代のヘルスケアネットワークに取り組んでいる。