時代に合わせて変化するMRディテーリングの現状と今後/イベントサマリー

時代に合わせて変化するMRディテーリングの現状と今後/イベントサマリー

2023年4月に国内最大級のデジタル/IT×製薬業界をつなぐイベント 『ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ 2023』が開催されました。本記事では、ファーマITで行われたディテーリング強化をテーマとする2つのセミナーを紹介。COVID-19の流行を機に大きく変化しているMRディテーリングの現状と今後の展望をレポートします。

デジタルMR活動を最適化するために

近年、製薬企業各社はアフターコロナ時代に適合したかたちでの情報提供活動に取り組んでいます。デジタルを活用しながらディテーリング効果を最大化すべく、MR活動はどのように変化し続けているのか。「デジタルMR活動を最適化するために」をテーマに、モデレーターに株式会社ミクスの沼田佳之氏、パネリストに株式会社プレシャス・コミュニケーション・ジャパンの原暢久氏、アルケミストコンサルティング合同会社の岸端就介氏を迎えたパネルディスカッションを行いました。

医師とMRのコミュニケーション不足

COVID-19禍以降、医師への情報提供の方法としてWeb講演会などのデジタルコンテンツの活用が広まりました。しかし、沼田氏は「『MRが医師に各コンテンツの視聴を依頼し、医師からのリアクションをMRがキャッチアップする』というコミュニケーションが期待されていますが、医師とMRとの間で十分なコミュニケーションがとれていない」と指摘します。

講演中に示されたミクス編集部の調査データでは「Webコンテンツ視聴後に感じた疑問を製薬企業に問い合わせなかった医師が約40%に上る一方で、Web講演会を視聴した医師に対するフォローやリアクションを行ったMRは約50%程度に留まる」という結果でした。

医師への情報提供におけるオムニチャネルの重要性が叫ばれる中、医師とMRはコミュニケーション不足にどう向き合うのか。沼田氏は「医師の側にMRがいない環境が続く現代だからこそ、実現可能なコミュニケーション方法を模索すべき」と語ります。

チャネルマーケティング時代に求められるMRの姿

医師とMRのコミュニケーション不足は、製薬企業にとって「顧客との接点不足による購買プロセスの喪失」であると語った原氏は、医師に自社製品を処方してもらうために必要な4つのポイントを解説しました。

1.「個客」へのコミュニケーション形成

昨今、医師へのマーケティングが画一化し、医師の反応が減少するという問題が指摘されています。顧客である医師との接点を増やすためには、顧客一人ひとり、すなわち「個客」を意識した情報提供が必要です。

「MRには個々の医師に合わせたパーソナルな対応が求められている」と、原氏は語ります。

2.データドリブンマーケティングにとっての個客インサイト

かつてはMRが医師とのコミュニケーションを重ねて思考を整理し、個々の医師に合わせた対応を行うことで処方に導いていましたが、MRと医師の接点が減少している今はそれが難しい状況です。

「これからは大量のデータをCDP・DMPで分析し、個客ごとのAMTULの進展に合わせて情報を提示することが重要」と原氏は指摘します。

3.チャネル(ツール)の用途最適化

情報発信あるいは顧客誘導に優れるなど、チャネルはそれぞれ異なる特性を持っています。AMTULを効率良く進めるためには、複数のチャネルを効果的に組み合わせることが重要です。

一方、原氏は「複数のチャネルの特性を兼ね備えている存在こそがMRである」と話します。情報伝達に加えて分析も可能なMRは、医師からの信頼が厚く単位接触時間あたりのマインドシェアが圧倒的です。

Web講演会後にMRとコミュニケーションをとり、疑問を解決しておきたいという医師は少なくありません。「個客を誘導できる絶好の機会を逃さないためにも、MRは医師とのコミュニケーションを重ねる必要がある」と原氏は語りました。

4.チャネルマーケティングの3つのKey-Marketing

チャネルマーケティング上で重要なキーは「デバイス(チャネル)」「コンテンツ」「双方向コミュニケーション」の3つです。例えば、Web講演会の視聴者数が伸びずに医師とのコミュニケーションがうまくいってないなら、この3つのバランスが崩れていると考えられます。

「医師が必要とするコンテンツを用意できているのか。仮に用意できていても、そのコンテンツを医師に認知してもらっているのか。適切なコンテンツを適切に周知し、MRがフォローアップすることで、はじめてAMTULの進展に繋がる」と原氏は言います。

「チャネルマーケティングは感覚で行うものではなく、データを活用する科学で進められる」と原氏は話し、処方へのプロセスを進めるためには、AMTULをベースにした医師とのコミュニケーションが重要と解説しました。

デジタル時代のコミュニケーション ーデジタルMR活動を最適化するためにー

岸端氏は「医師の要望や課題を把握しないまま、製品を提供しようとするMRが増えている」という医師からの意見を取り上げ「MRの営業活動は医師のニーズを探究し、良好な関係性を構築できてこそ価値のある情報提供が可能になる」と語ります。

医師との関係性を築くMRのコミュニケーション活動における2つのポイントも紹介されました。1つは、時間が限られている医師に話を聞いてもらうために欠かせない企業ブランドの価値向上。そしてもう1つは、完成された情報を提供する以上に、素早く情報提供を行う「スピードとタイミング」です。

岸端氏は「製薬企業間の競争が激化する現代では、時間が経過するほど情報の価値は下がります。積極的に医師とのコミュニケーションを図らなければならない」と、MRの営業活動における課題感をシェアしました。

製薬企業はデジタル時代をどう乗り切るか 

最後は登壇者によるディスカッションが行われました。

原氏は「医師とMRの接触時間が減少した現代においては、企業として情報を提供するための体制や医師に信頼されるブランドの確立が肝要」と主張。

それを受けた岸端氏は「多種多様な個客への対応には、MRが行動データや事例などの情報共有が求められる」と組織変革の必要性を話しながら「客観的なデータを基準に医師とコミュニケーションを図るためには、マーケター視点を養うことが必要」と、MR自身の意識変容にも触れました。

最後に沼田氏は、新たな視点での組織づくりに触れつつ「減少傾向にある医師とMRの接触時間を効率良く活用するため、デジタルデータの活用とコミュニケーションの質の向上が求められる」と結び、新たな時代のディテーリング強化に必要な要素をまとめました。

取組事例:医薬のスペシャリストを育成するMR教育のグランドデザイン

デジタルコミュニケーションを通じた医師への情報提供が広がる中、情報をコントロールするMRの価値にも注目が集まっています。医療のスペシャリストであるMRはどのように教育していく必要があるのか。リープ株式会社の荒木恵氏が、武田薬品工業株式会社の引地由紀子氏、長谷川真紀氏を迎え、MR教育のグランドデザインについての講演を行いました。

MR教育のグランドデザインとは

講演冒頭、荒木氏は「社会情勢の変化にともなうビジネスモデルの変化により、教育設計の全体的な見直しの要望が多い」という現状を明かしました。デジタル化の進行により事業環境が変化した結果、社員に求められる職務能力やパフォーマンスゴールが高度化していると言います。

そうした教育課題に対し、武田薬品工業の日本オンコロジー事業部(JOBU)では「互いをリスペクトし、失敗を恐れずにチャレンジできる環境を創り、患者に必要な薬剤をアジリティを持って届ける」というビジョンを掲げ、人々の行動様式が大きく変容した現代に適したMRの教育を行っています。

社会情勢の変化によるMR活動の変化

MRが医師と直接面談する機会はCOVID-19を機に減少。面談の場はWebにシフトし、今後はMRの質のさらなる向上が求められています。

求められる質について、引地氏は「MRとしての専門性の高さに加え、患者に向き合うペイシェント・セントリシティの思想が重要」と指摘。

「JOBUのMRに求められるのは、ペイシェント・セントリシティを筆頭としたPTRB(Patient=患者、Trust=信頼関係、Reputation=社会的評価、Business=事業発展)の精神であり、一方的な情報活動ではなく臨床課題を解決するための一助となる適正な情報活動」と引地氏は語りました。

現場と研修を乖離させない人材育成

それでは、MRの現場におけるペイシェント・セントリシティの扱いはどのようになっているのでしょうか。リープの調査によると「ペイシェント・セントリシティが実践できているディテーリング」は、わずか7%に留まっていることがわかりました。

ペイシェント・セントリシティの実践が難しい背景には、学習課題が複雑である点が挙げられます。実践には基礎知識をはじめ、応用的思考力や概念理解力といった知的技能が高いレベルで必要です。

普段の業務と並行して学習課題の複合的な達成が求められる中、引地氏は「JOBUでのMR教育ではペイシェント・セントリシティを教育の根幹におくことからスタートしている」と話します。

具体的には、患者の声を聞き、思いに寄り添うマインドセットの構築を第一の課題に、各製品やサービスを学習する際にはペイシェントジャーニーと紐付けしながら思考する機会を設け、患者の思いを理解し考えることを重視したMR教育を実践しているとのこと。

ファーストラインマネージャー育成の重要性

また、「ペイシェント・セントリシティを理解するMRの育成には、優れたファーストラインマネージャーの育成が不可欠」と引地氏は言います。

米国ウィスコンシン大学の名誉教授であるカーク・パトリック氏は「行動変容に必要な4つの条件」を提唱しています。

  1. その人が変化したいという願望を持っていること
  2. その人が何をどうやったらいいか知っていること
  3. その人が正しい雰囲気の職場で働いていること
  4. その人が変化することに対する報酬があること


上記のうち、3と4の条件はマネージャーが関与しており、MRが研修での学びを実践するためのキーパーソンになると引地氏は語りました。

一方、リープの調査では「ペイシェント・セントリシティに必要な応用的な構造的なコーチング」を実践している企業はわずか7%にすぎません。

ペイシェント・セントリシティを実践するディテーリングの実現には、構造的なコーチングを可能とする教育体制の構築が必要であることがうかがえます。

マネージャー教育への取り組み

長谷川氏は「研修と現場を乖離させないため、マネージャーに対する教育に力を入れている」と話します。

ポイントは、教育プランに関するマネージャーとの意識共有です。常に研修の目的とゴールラインの認識を共有させながら、メンバー育成のための教育プランを伝達。研修での学びを業務で実践させることを目的に、継続的なOJTの実施やフィードバックを徹底し、MR研修を実施する前にマネージャーの理解を深めているとのこと。

こうした教育体制を整えた結果、長谷川氏は「JOBUでは徐々にマネージャーの理解が進み、マネージャーを中心に現場主体で自走できる体制が構築できつつある」と、取り組みの効果を紹介しました。

時代に合わせてMRディテーリングの強化を

COVID-19の感染拡大を機に、MRを取り巻く環境は大きく変化しました。
時代の流れに合った最適なMR活動を実現するためにも、MRや製薬企業はデジタルツールを最大限に活用したコミュニケーションやペイシェント・セントリシティの実践が求められていくでしょう。