ファイブフォース分析のポイントとは?製薬業界の具体例つきで解説

ファイブフォース分析のポイントとは?製薬業界の具体例つきで解説

有名なマーケティングのフレームワークの一つにファイブフォース分析があります。現在は製薬業界の競争が激化しているため、マーケティングにおいてファイブフォース分析がますます重要になっています。それは、ファイブフォース分析によって業界の競争要因を分析でき、業界の収益性や自社の利益を検討することができるからです。今回は、ファイブフォース分析を使いこなし、競争に勝つポイントを解説します。

ファイブフォース分析とは?

ファイブフォース分析は、アメリカのハーバード大学の経済学者マイケル・E・ポーター教授が、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー誌1979年10月号に発表した分析手法です。発表当時は、邦題が「5つの環境要因を競争戦略にどう取り込むか(原著:“How Competitive Forces Shape Strategy”)」でしたが、2007年に新訳「競争の戦略:5つの要因が競争を支配する」とリニューアルされました。このようにして、競争戦略という言葉とともにファイブフォース分析も広く知られるようになりました。

ファイブフォース分析は、ある業界・企業・製品における外部環境の5つの競争要因(ファイブフォース)を把握するためのフレームワークで、環境分析の一つです。ファイブフォースとは、「競争業者(既存の競合他社)」「新規参入業者」「代替品」「売り手(供給業者の交渉力)」「買い手(顧客の交渉力)」を指します。

ファイブフォース分析5つの要因

この5つの競争要因は、業界や企業、自社製品等の中長期的な収益性に大きく影響します。ファイブフォースを分析すればこれらの収益性の構図がわかるため、経営戦略や製品戦略の策定時には大変役立ちます。

PEST分析でマクロ、ファイブフォース分析でミクロを分析

外部環境分析にはファイブフォース分析のほか、 以前紹介したPEST分析 もあります。
PEST分析は、業界や自社を取り巻く政策やマクロ経済、社会の変化、科学の進歩や技術革新といった広い範囲の状況や情報をもれなく整理し、自社および製品の今後に及ぼす影響を精査する際に有用なフレームワークです。

これに対しファイブフォース分析は、前述の通り、業界や自社の環境の競争要因に焦点を当て、PEST分析よりもさらにミクロに分析する際に用いられます。ですから、戦略立案時にはPEST分析で広範な情報収集と整理を行い、それを踏まえてファイブフォース分析で業界や自社の収益性を分析することで、MECEに外部環境を分析でき、その精度を高めることができます。

ファイブフォース分析の目的

ファイブフォース分析の目的を、ポーター教授は「競争戦略とは業界に働くファイブフォースからうまく自社を守り、自社に有利になるように競争要因を動かせる位置を業界内に見つけること」と定義づけています。

具体的には製薬業界含め、企業の経営戦略であれば、収益性の観点から以下のようなことを検討できます。

  • 自社の強みや弱み、課題の発見
  • 新規参入や事業からの撤退の判断
  • 収益の変化の原因究明とその対策
  • 業界内の自社のポジショニング

製品戦略であれば、製品の観点で同様の検討ができます。

また、ファイブフォース分析は外部環境分析の一つのため、その分析内容はSWOT分析の「機会」や「脅威」にも用いることができます。ファイブフォース分析で高精度な分析ができれば、その示唆はSWOT分析の精度を高めることにつながります。
この一連の分析によって、ポーター教授の定義にある「自社が有利になるポイント」を見つけやすくなります。自社が有利になるポイントを見つけやすい状況が作れれば、収益アップにもつながるでしょう。

以上のようなメリットがあることから、ファイブフォース分析はマーケティングプラン立案時の上流でPEST分析と共にしっかり行うべき分析です。

ファイブフォース分析の5つの競争要因を解説

ファイブフォースの5つの要因をそれぞれ見ていきましょう。

①新規参入者の脅威

業界に新たに参入してくる競合他社の脅威です。参入障壁が低い業界の場合、その自社のシェアが奪われる可能性があります。新規参入によって収益は悪化します。

②売り手(供給業者の交渉力)の脅威

自社製品の製造に必要な材料やサービスを供給してくれるのが売り手(供給業者)です。この売り手が高い交渉力を持っていると、価格交渉で値上げやより良い条件を得ようとします。これも自社にとって脅威です。

③買い手(の交渉力)の脅威

顧客は安価で購入することを理想とします。そのために、高い交渉力を持つ顧客が多数いる程、自社にとって脅威の存在です。

④代替品の脅威

顧客の同じニーズを満たす代替品は、自社製品の直接的な脅威です。この場合、代替品は同じ業界にあるとは限りません。違う業界にも強力な代替品が存在することもあります。1. 新規参入者の脅威との違いは、新規参入者は企業を指すことが多いですが、4. 代替商品は商品を指していることが多いです。

⑤業界内の競合(既存の競合他社)の脅威

業界内の競争が激しければ、それだけマーケティングやプロモーションに費用をかけるため、業界全体の収益は下がります。収益の悪化は、企業の存続に関わります。これも明らかに脅威です。

ファイブフォースは、縦軸と横軸で読み解く

ファイブフォース分析では、この5つの要因の関連が整理できるだけではありません。縦軸の新規参入者の脅威と代替品の脅威を俯瞰してみれば、業界の収益性の状況が把握できます。

例えば、新規参入者が多い場合は競争が激しくなるため、自社の収益性は低下していくでしょう。また、横軸の売り手の脅威と買い手の脅威を分析すれば、自社の利益が検討できます。この場合は、売り手のベンダーが少ない場合、ベンダーの意向が強くなるため、値引き交渉が難しくなり、仕入れ値が高止まりすることで自社の利益が減ることも考えられます。

ファイブフォース分析で分かること

このように見てくると、業界内や市場の競争は、競合との売上高の競い合いや市場シェアの奪い合いだけにとどまらない、より複雑な状況があるということが分かってきます。自社製品が売れればそれで良い考え方が誤りであることは、ファイブフォース分析からも明らかです。このような複雑なビジネス環境を解き明かすために、ファイブフォース分析が活用されています。

製薬企業におけるファイブフォース分析の具体例

以上をふまえて、架空の製薬企業Aの注射剤の抗がん剤「製品X」でファイブフォース分析を行うとしたら、どのような分析ができるかを見てみましょう。

架空の抗がん剤Xにおけるファイブフォース分析のイメージ 

①新規参入者の脅威<影響:中>

  • 競合B製薬が新規作用機序の新薬(経口薬)で、がん領域に参入する
  • C社が新たな遺伝子検査キットを上市するが、製品Xは対象外だった
  • ベンチャー企業のリキッドバイオプシーが保険償還され、がんの市場が拡大する可能性があるが、競合品がシェアを獲得する可能性もある

②売り手(供給業者の交渉力)の脅威<影響:中>

  • 製品Xの製造元の契約が厳格、販売目標が過大で違約金の発生リスクが高まる
  • 原油価格高騰でバイアルや外箱等、製品Xの製造に必要な材料の供給が不安定になる
  • 添付文書の電子化で、添付文書改定の機会が多いほどITベンダーへの作業の発注と支払が増える

③買い手(の交渉力)の脅威<影響:大>

  • 診療報酬改定の影響で医療機関の値引き要求強まる
  • 広域卸の交渉力強まる
  • 患者さんのGE希望が増加する
  • 患者さんの通院回数の負担軽減の希望が増加する
  • フォーミュラリで当該地域での使用薬剤が整理される
  • 医療機関グループによる共同購入交渉が増加、激化する

④代替品の脅威<影響:小>

  • サプリメント市場の伸びが鈍化している
  • 競合D製薬の製品Yが適応拡大で直接の競合になる
  • より高精度な放射線療法の機器が開発され、医療機関で用いられ始める
  • 数年後に製品XのGE発売が予想される

⑤業界内の競合(既存の競合他社)の脅威<影響:大>

  • 競合E製薬の製品Z(経口薬)が長期処方解禁、利便性が向上する
  • 競合F製薬の製品Qが新たなデータを発表、製品XよりもOSを有意差を持って延長させる
  • 競合G製薬の製品Rが新たな治療レジメンで使用可能になる
  • ガイドライン改訂で製品Xが後ラインに変更される可能性が高まった

製品Xをファイブフォースで分析してみると、非常に厳しい状況下であることが分かってきました。競合の抗がん剤が利便性を高めることで医師が競合品の方をより処方しやすくなります。また、競合品がインパクトのあるデータを発表することは、製品Xの売上に直接影響を及ぼすことも容易に想像できます。それ以外にも、薬物療法でだけはなく放射線療法も競合になり得ます。

このように、縦軸で新規参入者の脅威と代替品の脅威を見ると、製品Xの売上へ影響が一層具体的に把握できます。また、横軸で売り手と買い手の脅威を見れば、製造コストの増加の脅威や、商取引での値引きによる収益への影響が見えるようになってきます。

製薬企業Aの今後の戦略として考えられること

ここから考えられる製薬企業A及び製品Xが取るべき戦略には、下記のような取り組みがあるかもしれません。

  1. 製品Xの製造元とのコ・プロモーションの契約内容の見直し(場合によっては、社内の収益性やコストも鑑みて、コ・プロモーションの解消も検討に値する)
  2. 製品Xが最も有用性を発揮する患者さんのセグメントをリアルワールドデータから特定し、そのセグメントでの第1選択薬のポジションを確立、死守する
  3. 放射線療法と製品X、あるいは製品Xと他の抗がん剤の併用による新たな治療レジメンが確立可能かを検討する
  4. 医療機関や医療関係者に対し地域包括ケアシステム構築支援、地域フォーミュラリ策定支援を通じて、顧客との良好なリレーションシップを作り上げる
  5. C社の遺伝子検査キットで製品Xも対応可能になるよう交渉する

ファイブフォースで業界環境を分析し、収益性を考慮した効果的な製薬マーケティングを

製薬企業の事業には、自社製品の売上を伸ばすだけでなく、健全に収益を高めることも欠かせません。適切に収益を確保できなければ、新薬の開発に影響が出るためです。そのためには、その製品の収益構造も考慮した適切なプランニングが求められます。特にコ・プロモーションの製品の場合は、ファイブフォース分析による収益性の一層の吟味は非常に重要です。

自社製品の収益性が高ければ、その分自社の利益が高まり、翌年に使える予算が増える可能性が高まります。使える予算が増えれば、プロマネがやってみたい新たなプロモーションの手法を実行することができるようになるかもしれません。そして、そのことによって自社製品の売上をさらに効果的に伸ばせることも考えられます。

収益は企業の活動を持続させる源泉です。ファイブフォース分析を活用して、収益性も考慮したマーケティングプランを立案・実行することは、今後ますます重要になっていくでしょう。