患者さん向けコンテンツ制作の基本:難しい言葉を分かりやすく伝える工夫

患者さん向けコンテンツの目的は、患者さんやそのご家族に疾患のことを正しく理解していただき、適切な治療に導くことです。そのためには、分かりやすい表現を用いて医療者側と受診側のコミュニケーションにありがちな「溝」を埋めることが大切です。本記事では、何気なく使っている医療者の言葉に潜む分かりにくさと、それをうまく患者さんに伝えるにはどう表現すればよいのかを解説します。

医療者の言葉が患者さんにうまく伝わらない理由

伝わらない理由と聞いてすぐに思いつくのは「単語が難しい」「そんな言葉を聞いたことがない」などでしょう。これらはもちろん理由の一つです。ですが、今どきの患者さんは昔のように医療者の言いなりになる時代ではありませんから、分からないことがあれば患者さんは積極的に聞いてくる傾向にあります。むしろ、患者さんが知っていると思い込んでいる用語ゆえに誤解が生じることの方が厄介かもしれません。また、疾患によっては「聞きたくない単語」があるようです。いったん耳にしてしまうと、それ以降は何も耳に入ってこなくなるような単語。そのようなケースでは、言い方を変えるなどしてきちんと患者さんにメッセージを届ける工夫が必要です。いくつか例を挙げて説明していきます。

<患者さんが聞き慣れない単語>

・治験

治験は、新薬開発における臨床試験(ヒトで行う試験)のことですが、診察室で「チケン」を頭の中で漢字に変換できなかったり、変換できたとしても、世の中に出回っていない、よく分からない薬の人体実験と誤解したりする患者さんがいるようです。治験とは「治療の試験」であり、治療法の選択肢の一つとして理解されるように説明することが大事です。

・寛解

患者さんには意外になじみのない単語のようです。適切な説明がないと、「病気が完全に治った状態」と誤解される可能性があります。寛解は、症状が一時的に軽くなったり消えたりしている状態で、例えばアトピー性皮膚炎の定義は「増悪・寛解を繰り返す」(アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018)とあるように、症状は再発するケースもあります。患者さんに説明する際には「寛解」という単語をなるべく使用しない、使用する際には、完全に治ったわけではないことを説明する必要があります。

<知っているが理解があいまいな単語>

・誤嚥

食物でないものを間違って飲んだ意味の「誤飲」と勘違いしている患者さんが少なくないようです。誤嚥は、食べたり飲んだりしたときにそれが食道ではなく「気管に入ってしまうこと」です。「誤嚥性肺炎」のように、病名を伝える場合にはこの言葉を使用するのは仕方ないですが、その際にも、唾液や食物が食道ではなく気管に入ってしまったために、口の中の細菌が気管や肺に移動してそれが原因で起きてしまう肺炎、などと説明する必要があります。

・標準治療

標準治療という言葉は、一般的に浸透してきた感はありますが、 医師から「標準治療」を勧められたら、そんな普通の治療ではなくて、もっと最先端の治療をして欲しいと思う患者さんは今もいます。やはり、「標準」が普通、一般的といった意味ではないことを説明する必要があると思います。標準治療は「科学的根拠に基づいた観点で、効果があること、安全であることが検討された、現在利用できる最良の治療で、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨されている治療」を指すことを説明する必要があるでしょう。

<見たくも聞きたくもない単語>

・腫瘍

この言葉は、患者さんの置かれている立場や心持ちで印象が一変する可能性がありますし、患者さんが恐怖を感じてしまうか、あるいは真逆、患者さんが楽観視してしまう誤解があるようです。腫瘍=ガン、または良性の腫瘍も時間が経てばガンになる、と誤解している患者さんは今でも一定数いるようですし、良性の腫瘍はガンにはならないと誤解している患者さんもいます。いずれの患者さんに対しても、説明を十分にする必要があります。腫瘍を説明する際には、「細胞が増えて塊になったもの」と端的に説明したうえで、それが良性なのか悪性なのかの検査が必要であるなど、事実ベースで患者さんの誤解を解いていくための説明が必要となります。

・緩和ケア

病気に伴う痛みや苦しみを和らげることを優先する医療、という意味で捉えるよりも、「治療を諦めたときに行われる医療」と誤解している患者さんがいるようです。また、緩和医療=麻薬と思っている患者さんもいるようです。緩和ケアは、最近ではガン治療の初期段階から取り入れるケースもあります。また、医療用麻薬は麻薬中毒のイメージを持たれがちですが、痛みがある状態で使用すると、中毒にならないことが分かっています。緩和ケアという言葉を使わない、使う場合には、説明は難しいですが患者さんやご家族の意思を尊重しながらメリットを十分に伝えることが重要です。

<合併症や副作用>

・播種性血管内凝固症候群(DIC)

DICという言葉自体はピンときません。漢字を見て、血管内凝固だから、血栓ができるのだろうか?と推測できたとしても、それは一部の理解にすぎず、分からないのと同レベルでしょう。患者さん向けの記事では、どんな原因でどんな症状なのか、そしてどうすればいいのか、まで説明してはじめて十分だと思います。
DICは、ガンや感染症などの重い病気にかかっている患者さんに、まれに起こってしまう症状です。小さな血の塊が血管内のあちこちにできて、その分、血を固めるための成分が体の中に足りなくなるために出血しやすくなるのです。「あおあざ」「鼻血」「歯ぐきの出血」「血尿」といった出血症状や、「どうき」「息切れ」「尿が出なくなる」などの症状が、続いたり急激に悪くなったりします。このような場合には、すぐに医師・薬剤師に連絡するように説明すべきです。

・血管性浮腫

浮腫が、腫れることだと理解している患者さんは多いと思われます。ですが血管性浮腫と言われて正しく理解できるでしょうか。血管性浮腫の原因には、解熱消炎鎮痛薬や降圧薬の使用などがあります。まぶたや唇、お腹が腫れる症状ですが、単に腫れるだけの説明では大変なことになりかねません。というのは、のどが腫れる場合もあるからです。のどが腫れると窒息のおそれがあるため、息苦しい場合は、救急車を利用するなどしてすぐに受診するように促すべきですし、そういうおそれがあることをあらかじめ伝えておくことが重要です。また、この症状は実は遺伝性の可能性もあります(遺伝性血管性浮腫)。同じような症状を繰り返す患者さんに対しては、遺伝性血管性浮腫の検査や家族歴の調査を行うというところまで説明すると良いと思います。

<患者様>

最後に、患者さんが病院からどう呼ばれたいのか、を書いておこうと思います。国立国語研究所「病院の言葉」委員会が行った調査によると、病院側の9割近くは「~さん」と呼んでおり、患者さんも同程度の割合で「~さん」と呼ばれたいという回答でした。一方、病院側の数%は「~様」と呼ぶのに対し、「~様」と呼んで欲しいと答えた患者さんは一人もいないという結果でした。病院側にしてみればサービス向上のつもりなのかもしれませんが、患者さんにとっては病院側と心理的な距離が生まれてしまう慇懃無礼な呼び方と言ってもいいでしょう。ときどき、webサイトでも見かける表現ですので、これは改めた方が良いかもしれません。

まとめ

医療が、その力を最大発揮するためには、医療者と患者さんとの間できちんと情報共有がなされ、信頼関係が築かれている必要があります。ですが医療者と患者さんの間には大きな知識と経験の差が溝として立ちはだかっているのが現実です。患者さんにとっては初めての症状で、不安で夜も眠れないまま来院したのに、医療者は、それを一見して「大丈夫、命に別状はないよ」と言い切るケースがあります。それが、日常的に経験しているプロの正しい見立てだったとしても、不安でたまらない患者さんとの間にはギャップが生まれ、それが意味不明な専門用語で伝えられたら、ギャップはさらに大きく深くなるばかりです。患者さん向けコンテンツや患者さん向けサイトは、単にプロモーションにつなげるだけでなく、こういった医療コミュニケーションの溝を埋めていくハブになるような大きい役割があるのだと思います。

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本記事は、以下を参考にしています。

国立国語研究所「病院の言葉」委員会編, 病院の言葉を分かりやすく, 勁草書房

患者向医薬品ガイド, 医薬品医療機器総合機構 https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/drugs/items-information/guide-for-patients/0001.html

重篤副作用疾患別対応マニュアル, 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/topics/tp061122-1.html