製薬業界の営業・マーケティング担当者のデジタル、AI、DXとの付き合い方

製薬業界においても、デジタル、AI、DX(デジタルトランスフォーメーション)などの言葉を耳にする機会が増えてきました。製薬企業の営業・マーケティング担当者は、デジタル、AI、DXとどのように付き合っていくべきでしょうか。本記事では、製薬・医療業界におけるDXの実例と、今日からできるDX関連情報収集術を紹介します。

製薬企業、病院、医師はDXやAIと今どのように関わっているのか

日本の製薬企業、病院、医師による研究などにおいてもデジタル技術の導入やDXが進められ、すでに成果が出始めてきました。病院では、AIやDXを取り入れて業務改善に取り組んでいます。また、国内におけるAIを活用した臨床研究の数は、飛躍的に増加しています。

こうした臨床現場におけるDXやAIによる変化に伴い、病院・医師の情報ニーズも高まっている可能性があります。製薬企業の営業やマーケティング部門は、顧客である病院・医師の行動変化やニーズをつかんでおくことが大切です。そのためにはまず、製薬企業、病院、臨床医がそれぞれDXを活用してどのようなな活動を行っているかを具体的に理解しておきましょう。

国内製薬企業のDX戦略と営業・マーケティングとの関連

製薬企業は経営戦略としてDXに投資し、その動きを加速させています。一言でDXといっても各社それぞれのカラーがありつつ、営業・マーケティングに関するDXの取り組みが始まっています。

・アステラス製薬

アステラスは、2021年5月に発表された経営計画2021において、4つの戦略目標を設定しました。そのうちの1つが「Rx+ビジネスの進展」です1)。Rx+ビジネスとは最先端の医療技術と異分野の先端技術を融合させたヘルスケアソリューション事業のことです。「成長に向けた投資を行いながら、2025年度までにBreakeven達成、2030年度までに3桁億円半ばの収益到達、2030年代にアステラスの屋台骨の一つとなることを目指す」と目標設定されています。新規の医療サービスを発売し、営業・マーケティング活動が展開されます。

・エーザイ

エーザイは2021年3月に発表したEWAY FUTURE & BEYONDにおいて「Eisai Universal Platform(EUP)を幹とし、他産業・団体との共生により多様な憂慮の取り除きを拡大していくエコシステム」の構築を掲げています2)。営業・マーケティング関連としては、EUPの中に「easiit、e-65.net、 ソーシャルメディア、 等身大リアルタイムコミュニケーション コンシューマーヘルス製品との連動による新たなカスタマープールモデル開発」や、「easiit、Medical.eisai.jp等のオウンドメディアを活用した個別オムニチャネル、AIによる最適Delivery手段確立による包括的情報提供、遠隔診療に資するオンラインサービス開発」とあります。

・第一三共 

第一三共が2021年4月に発表した第5期中期経営計画には「DX推進によるデータ駆動型経営の実現と先進デジタル技術による全社の変革」が挙げられています3)。営業においては「デジタルマーケティングの深化 :リアル×デジタルのシームレスなMR活動」を実施する方針です。

・中外製薬

中外製薬は、2021年2月に発表された新成長戦略TOP I 2030において、3つのKey Driversが設定されています。その一つがDXであり、「デジタルを活用したプロセスや価値創出モデルの抜本的な再構築によって、バリューチェーン全体にわたる生産性の飛躍的向上」と掲げられています4)
営業・マーケティング関連の項目としては「個別化医療エビデンス創出と革新的な顧客エンゲージメントモデルにより高度な価値提供を少数精鋭で実現」としています。

国内製薬企業のDX戦略
図1:国内製薬企業4社の経営戦略におけるDXと営業・マーケティングとの関連

病院がDXを取り入れた医療サービスを展開している実例

・医療機器の投資抑制、業務効率化(倉敷中央病院)

2021年4月に倉敷中央病院とGEヘルスケアがDXの具現化に向けた包括的取組みの中間報告を発表しました5)。2年間の活動を通じて医療機器の投資抑制や業務改善により1.6億円規模の効率化ができたとされています。

倉敷中央病院は年間の新規入院患者が3万人を超え、院内の医療機器の効率的な稼働が経営上の課題でした。そこで医療機器に位置情報センサーを設置するなどデジタル・IoTを用いて稼働状況をデータ化し、稼働時間や頻度の分析を通じて台数や保管場所などの稼働効率を向上させたのです。倉敷中央病院院長の山形専先生は「超音波診断装置の投資抑制で3,500万円、救急外来でのエコー検査の実施記録漏れの改善による800万円で、計4,300万円を改善し、1.6億円規模の資産運用の最適化が実現できた」と話しています。

・看護記録業務の効率化(済生会宇都宮病院)

看護師の看護記録業務は、すべて手入力していることがの長時間労働の一つの課題とされていました。

2021年3月に済生会宇都宮病院とNECは、AIを活用することで発話内容を分析・テキスト化して場所を選ばず効率的に記録を残すことができる看護記録支援システムの結果を発表6)。病棟看護師及び専門・認定看護師32名を対象とした実証実験において、AIを搭載した専用スマートフォンを用いて、手入力ではなく発話することで看護記録取得しています。それにより、これまで看護師がすべて手入力していた看護記録業務の入力時間が、約50%削減できることを確認しました。

・医師の投薬判断や投薬管理を支援(岡山大学大学院)

2021年3月、岡山大学大学院はAI投薬支援システムを開発したと発表しました7)

AISACSと呼ばれるAI投薬支援システムは、腎性貧血に対する赤血球造血刺激因子製剤(ESA製剤)と鉄剤投与の支援を目的に開発されたものです。これらの薬剤は専門医により投薬されますが、増加する患者数に対して、地域によっては十分な数の専門医が配置できていない場合があります。
AISACSは、医師の思考に基づいた投薬の判断を再現する事が可能になり、先を読んで指示ができる点が画期的なシステムです。AISACSを使うことでよりきめ細かい投薬管理ができる可能性を示唆し、投薬量の適正化や医師などの疲労軽減が期待されています。この成果は豪州の医科学誌「International Journal of Medical Sciences」に発表されています8)

・がんゲノム医療に貢献するDX(京都大学)

2021年3月には、京都大学と富士通がAIの推定根拠を説明できる遺伝子変異の病原性推定の検証システム「MGeND Intelligence」を開発したと発表9)

MGeND Intelligenceは遺伝子変異の病原性の有無を高精度に推定し、医療従事者や研究者が理解しやすい推定根拠を自然文で説明することができるシステムです。病原性を判断する根拠となる論文の調査を支援する機能が実装されています。
2021年4月より共同研究者や協力機関などに対して、MGeND Intelligenceの利用提供を開始すると発表されました。

病院におけるデジタル、AI、DXの取り組み事例
図2:病院におけるデジタル、AI、DXの取り組み事例

日本の医師がAIを活用した論文

医師の研究にもデジタル技術やAIの活用が進んでいます。AIを用いた研究を3つ紹介します。

・認知機能低下患者を顔で見分ける事ができるAIの開発

東京大学医学部附属病院 老年病科 亀山氏らは、認知機能低下患者を顔で見分けることができるAIについて医学誌「Aging(Albany, NY) オンライン版」に発表しています10)

正面を向いた表情のない顔写真を使い、認知機能低下を示す群(121名)と正常群 (117名)の判別ができるかどうかについて、AIで解析を行いました。その結果、感度87.31%、特異度94.57%、正答率92.56%と高い精度が確認されました。

・マンモグラフィから乳がんのバイオマーカーを予測

大阪市立大学大学院 医学研究科 放射線診断学 植田氏らは、マンモグラフィの画像からエストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、ヒト上皮成長因子受容体2(HER2)の発現を予測した結果を科学雑誌「JCO Precision Oncology」に発表しています11)
病理学的に乳がんと診断された患者のマンモグラム1448枚の画像データから深層学習を用いてER、PgR、HER2の発現を予測するモデルを開発しました。予測精度の指標であるAUCは0.61~0.75と、予測精度は中程度の結果が報告されています。

・AI自動分析システムにより血液がんの高精度鑑別に成功

順天堂大学大学院 医学研究科 次世代血液検査医学講座 木村氏らは、AI自動分析システムにより血液がんの高精度鑑別に成功したと英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版に発表しています12)

3,261例、計695,030個の血液細胞のデジタル画像データを用いて、深層学習によるAI画像解析システムに血球数算定情報(150項目)も組み込んだ、統合型AI分析システムの構築を行いました。骨髄増殖性腫瘍の病型鑑別に対して本システムによる鑑別診断能は、感度90.6~100%、特異度90.3~95.4%と高い精度を確認しています。

医師によるAIを用いた研究発表の例
図3:医師によるAIを用いた研究発表の例

DX・AIとの適切な距離感をつかむこと

医療分野でのDXの進展は、製薬業界の営業・マーケティング担当者にはどのような影響があるのでしょうか。DXやAIによって今すぐに業務が大きく変化することはないかもしれません。しかし、大手製薬企業や病院、医師のDXの流れは確実であり、COVID-19による医療従事者の価値観や行動の変化も考慮すると、営業・マーケティング業務は大きく変化していく途中だと考えられます。

そのような状況の中、今最低限すべきことは営業・マーケティング目線でDXやAIとの距離感を掴むこと、つまり継続的な情報収集です。

DXやAIによって医療現場に何が起こっているのか、どんな取り組みが始まっているのか、成果は出たのか、などを定期的に把握しておくと、顧客である医療従事者のニーズや行動の変化を捉えられます。

製薬マーケ担当者の医療業界DX・AIの情報収集方法

多忙な営業・マーケティング担当者がマーケティング目線で情報収集をするためには、何もしなくても自動で情報が入ってくる仕組みを作ることが大切です。

1. Googleアラートによる情報の自動収集

情報収集の簡単な方法としては、Googleアラートの使用が挙げられます。Googleアラートとは、事前に設定しておいたキーワードの検索結果をメールで自動配信してくれるGoogleの機能です。

googleアラート

例えば、「病院 AI」や「医療 DX」などのGoogleアラートを設定すると、後は自動的にそのキーワードに関する情報が配信されてきます。最低限の時間で大局をつかむことができるので、時間があまりない方にもおすすめの方法です。 なかには難しい内容もありますが、まずはどこの病院や医師、企業が何をやっているか、どんなことができそうなのか、イメージをつかむことから始めてみてはいかがでしょうか。

2. Twitterを活用して企業、専門家、患者発信の情報を収集

専門家の意見を知る手段として、Twitterを活用して情報収集することもおすすめです。「デジタルヘルス」「医療、DX」などのキーワードでユーザー検索してみると、医療に関するデジタル技術、DX、AIに関わる企業人や医師、ニュースを発信している企業アカウントなどが数多く見つかります。たとえば企業アカウントでは、AIを活用した医療・医学に特化した専門ニュースサイト「The Medical AI Times」(@MedicalAITimes)、日経デジタルヘルスが運営している「医療×テクノロジー」(@TechMedNikkeibp)などがあります。

また、Twitterによる情報収集は、DXだけでなく普段のマーケティング業務にも役立ちます。疾患名をTwitterのユーザー検索に入れて探してみると、多くの患者さんが、日々の生活や体の具合、自分の気持ちや、通院した時の出来事などを赤裸々につぶやいています。リアルなPatient Journeyを理解することで、営業活動やマーケティング施策の立案のヒントが多く得られるでしょう。

製薬マーケ担当者は新時代の営業・マーケティングに備える

日本の製薬企業、病院、医師がデジタル技術の導入やDXを始め、成果が出てきている例を紹介しました。ここから数年間で営業・マーケティング業務がDXによって大きく変化する可能性は高く、すでに営業・マーケティングの組織再編に着手している企業も多くあります。

これからの営業・マーケティングは、以下のように多岐にわたる業務が求められます。

  • 膨大で多様なデータを収集し、高度な解析を実行、自動化する
  • これまでに気づかなかったインサイト(洞察)で顧客を理解する
  • リアルとデジタルの営業・マーケティング活動を融合させる
  • 新しいソリューションを構築、運営する

これらの業務を専門家や外部企業と連携しながら進めていくためには、最低限の知識を広く備えておく必要があります。まずは本記事で紹介したGoogleアラートやTwitterによる情報収集から始めてみてはいかがでしょうか。


<参考>※URL最終閲覧2021年10月7日
1)「経営計画2021(対象期間 2021年度~2025年度)」アステラス製薬株式会社(https://www.astellas.com/jp/system/files/210526_astellas_csp2021_external_jp2.pdf
2)「2021年3月26日インフォメーション ミーティング」エーザイ株式会社(https://www.eisai.co.jp/ir/library/presentations/pdf/4523_210326.pdf
3)「第5期中期経営計画 (2021年度 – 2025年度)」 第一三共株式会社(https://www.daiichisankyo.co.jp/files/investors/library/materials/2021/20210405_5YBP_2021-2025.pdf
4)「新たな成長戦略「TOP I 2030」(2021年~2030年)を策定」中外製薬株式会社(https://www.chugai-pharm.co.jp/profile/strategy/growth_strategy.html
5)「デジタルトランスフォーメーションの具現化に向けた包括的取組みの中間報告を発表 病院運営の最適化、医療の質向上に貢献」GEヘルスケア、倉敷中央病院(https://www.gehealthcare.co.jp/event-and-news/news-and-initiatives/2021/press02
6)「AIを活用した看護記録支援システムの実証を実施」済生会宇都宮病院、NEC(https://jpn.nec.com/press/202104/20210401_02.html
7)「専門医の思考を学習させたAI投薬支援システムを開発」岡山大学 大学院医歯薬学総合研究科病理学(https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id815.html
8) Int J Med Sci. 2021 Feb 22;18(8):1831-1839.(https://www.medsci.org/v18p1831.htm
9) 「AIの推定根拠を説明できる遺伝子変異の病原性推定の検証システムを開発しました」京都大学、富士通株式会社(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news/2021-03-11a
10)「認知機能低下患者の顔を見分けることができるAIモデルの開発」東京大学医学部附属病院(https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/20210126.html)/Aging (Albany NY). 2021 Jan 25;13(2):1765-1772.(https://www.aging-us.com/article/202545/text
11) JCO Precision Oncology no. 5 (2021) 543-551.(https://ascopubs.org/doi/abs/10.1200/PO.20.00176
12)「AI自動分析システムにより血液がんの高精度鑑別に成功」順天堂大学大学院医学研究科次世代血液検査医学講座(https://www.juntendo.ac.jp/news/20210210-01.html)/Sci Rep. 2021 Feb 9;11(1):3367.(https://www.nature.com/articles/s41598-021-82826-9