メディカル・アフェアーズは、現在では製薬会社にとって一般的な組織になりました。このコラム「デジタル時代のメディカル・アフェアーズに寄せる期待」では、筆者が以前カナダでメディカル・アフェアーズにつながる部門(HSA)の活動を見聞した経験を踏まえ、これからのメディカル・アフェアーズに期待される機能について考察します。初回は、前編・後編と分け、製薬企業が提供すべきバリューと、メディカル・アフェアーズ、マーケティング、開発など社内ステークホルダーにおける目標共有の重要性について考えていきます。
(トランサージュ株式会社 代表取締役 瀧口 慎太郎)
【コラム】製薬会社のバリューと組織内ステークホルダーの目標共有の重要性(前編)
製薬企業のバリューとは
ここでメディカル・アフェアーズの意義を俯瞰するために「製薬企業のバリュー」に視点を移します。
製薬会社のホームページから読み取れること
製薬会社が世の中にどのようなバリューを提供してくれるのか、を理解するためには製薬企業のホームページが大いに参考になります。「患者さんの人生に寄り添い支え続ける」「患者さんのために力を尽くす」「患者さん、企業、社員の喜びの実現を目指す」「患者さんのより良い明日のために」といったさまざまなメッセージが、そこには並んでいます。
これらのメッセージから、それぞれの製薬企業が社会に提供しようとしているバリューを読み取ることができます。そこから気づくのは、表現は異なりますがどれも「患者さん」が対象で、「患者さんへの、親身で広範な支援や貢献」ということが謳われている点です。
製薬会社のバリューは「患者さんの悩みを解決すること」
バリューの輪郭をはっきりさせるために、もう少し分解して考えてみましょう。
患者さんは病気に起因するさまざまな悩みを持っています。例えば、痛みや痒みなどの自覚症状が良くならない、薬が飲みにくい、飲み忘れる、効果が期待ほどではない、副作用がつらい、治療費が心配、などの「病気に伴う不安や不満」があります。あるいは医師の説明が理解できない、医師にうまく自分の想いを伝えられないなど「コミュニケーションに関する不安や不満」もよくある患者さんの悩みです。
実は、こうした悩みのかなりの部分に対して、製薬企業は確かな解決策を提供できます。
製薬企業として、まず挙げられる提供できる解決策は、これまでに治療薬がなく困っていた病気を治すための新薬の提供です。その他にも、例えば適応症の拡大や用法用量の改善(1日3回を1日1回へ変更、1回4錠を2錠へ変更、配合剤で2剤を1剤に変更など)、パッケージや製剤の改良、投与経路変更などの製剤に関わることから、疾病情報などの患者さんサポートプログラムの提供など、さまざまな解決策が考えられます。
このように分解して分かることは、ホームページで製薬各社が謳うバリューは、患者さんに寄り添い喜びを実現するために「患者さんの悩みに対してその会社独自の解決策を提供すること」だといえます。少し言い換えると「患者さんに独自のベネフィットを提供すること」と解釈できるということです。
バリューの実現のための組織内ステークホルダー
患者さんのベネフィットを具現化し、より多くの患者さんにそれを利用してもらうというバリューは、その組織の特定の人たちだけで努力してみてもなかなか実現できません。
例えば製剤の開発や改良が課題の解決策であれば、中心的な役割を果たすのは開発や製造部門です。しかしベネフィット考察の出発点となる「患者さんの悩み」を収集する役割は、開発部門だけに与えられている訳ではありません。
日常的に患者さんや医療提供者からの問い合わせに対応するカスタマーセンターやセールス部門などからのインプットは、提供できるベネフィット考察の重要なヒントになります。
複数ある患者さんの悩みに優先順位を付け開発順位や方針を決定するためには、臨床現場ニーズとの擦り合わせや、候補となるベネフィットの市場での革新性や製品成長、医学会への影響度などの考察が必要です。そのためには、メディカル・アフェアーズの存在が欠かせません。
さらに、決定されたベネフィットをより多くの同じ悩みを抱える患者さんへ利用していただくためには、その患者さんを診療する医師など市場への働きかけ(プロモーション)が必要です。この役割はマーケティングが担います。
つまり、製薬企業個々のバリュー実現のためには、その組織内のすべてのステークホルダーがONE-TEAM(少々古くさいBuzz Wordですが)になって機能することが重要です。チーム内でどれだけ目標が共有され、それぞれの機能が十分に発揮されるかがバリューの実現度、ひいてはイノベーションの実現度を左右することになります。
なぜHSAがKOLからリスペクトされたか
上述の観点で先のカナダにおけるHSAの活動を振り返ると、彼らは「患者さんのベネフィットを最大化すること」という組織内の共通目標を基本としていました。そして、これを実現するためにHSA独自のミッションとして「KOL支援を通してKOLや医学会のベネフィットを提供し、KOLと共に製品の価値を最大化すること」という役割を自認していたように思います。
だからこそ自社のバリュー実現のために、社内ではマーケティングやその他ステークホルダーと共通するKOLなどに関する情報交換を定期的に行い協働し、社外では担当するKOLとWIN-WINの実現のために協働していたのでしょう。
もちろんこの時、医療提供者、特に最先端医療の推進や医療界での重役を担うKOLのニーズの優先順位が、いつも眼の前にいる患者さんへのベネフィット提供に一致するとは限りません。例えば将来のさらに大きなベネフィットを考慮して、臨床研究や技術革新、医療機関存続や成長が優先されることがあるのも事実です。そのため、KOLや医学会の視点でベネフィットを考察するHSAと、市場ニーズの視点で考察するマーケティングとの間で、課題優先順位など解釈の差からミーティングが白熱することもありました。ただ、だからこそHSAによって真剣にサポートされていることを実感していたKOLにとってみれば、こうした彼らの姿勢に触れ理解していたために、彼らに信頼を寄せリスペクトするのも必然だったのではないでしょうか。
DX実現にも必要な「ゴール共有と協働」というマインドセットへのシフト
いま、みなさんの会社ではKOLと身近に接する社内ステークホルダー、たとえばマーケティングやメディカル・アフェアーズ、臨床開発部門などの間で、同じKOLに関する情報交換はどの程度の頻度でどのようなレベルで実施されているでしょうか。もちろん、いまはコンプライアンス上こうした機会を持つこと自体が難しいことも少なくないと考えます。ただ、もしみなさんの会社が「患者さんに対してベネフィットを提供する」ことをバリューとして掲げているならば、組織内のどの部門であれ、その会社のゴールを達成するために存在していることは事実です。
モントリオールでわたしが見たHSAは、確実に他の組織とゴール目標を共有し、目標達成のために自らの役割を懸命に果たしているように映りました。HSAの事例に限らず、同じ組織内の異なる機能のそれぞれが十分に価値を発揮しチームパフォーマンスを上げるためには、目標(ゴール)共有が大変重要だといわれます。かつて立ち上げに関わったHSAやMAは、社内のさまざまな思惑が絡み合い、果たして理想通りに具現化できたとは申しづらいところですが、少なくとも「ゴール共有」はできていたかなと思います。
現代のデジタルの進化が活発な環境下で、レギュレーションや組織の役割がさらに変化する可能性はありますが、「ゴールの共有」と「異なる機能の協働」というコンセプトやマインドセット (*2 の重要性に変わりはないはずです。サイロ(自部門優先)思考からゴール共有による協働思考へのシフトは、タテ割りからヨコ割り (*3 への変革であり、デジタル時代に必須のDX実現にも重要な要素になっています。
今回は、メディカル・アフェアーズと製薬企業のバリューから「組織目標の共有と協働」という思考へのシフトについて考えてみました。次回以降は、メディカル・アフェアーズに期待する機能やメディカル・アフェアーズだから可能なイノベーション創造について具体的に考えてみたいと思います。ぜひご期待ください。
<参考>
*2 : キャロル・S・ドウエック, 『マインドセット – やればできる!の研究』,草思社(2016年)
*3 :西山 圭太,『DXの思考法』,文藝春秋社(2021年)
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