【コラム】第1回 良い製品があれば、製薬マーケティングは要らないのか?

私はこれまで製薬企業のマーケティングやセールスに関する人材育成等のサポートに携わってきた中で、製薬企業の方からさまざまなご質問をいただいてきました。この連載では、わたしたちがトレーニングの際などに聞かれるシンプルかつ根本的な医薬品マーケティングに関する質問にお答えしたいと思います。第1回は「良い製品があれば、製薬マーケティングは要らないのか?」がテーマです。
(トランサージュ株式会社 代表取締役 瀧口 慎太郎)

Q:良い製品があれば、製薬マーケティングは要らないのか?
A:企業がサステイナブルな成長を望むのであれば、マーケティングでお客様とのWIN-WINの関係築くことが必要。なぜならば、そのことがお客さまからの信頼を高めて、ロイヤル・カスタマーを多く育んでゆくことに繋がるから。

<ポイント>
① 自分基準ではなく、お客さま基準の良い薬であることが大事で、そのためにはお客さまの課題を知ることがファーストステップ
② WIN-WINの構築を第一に考えるのがマーケティング
③ マーケティングが適正に機能すれば、自社の成長や製品価値の最大化だけでなく医療倫理の実践にも繋がる

上長から言われた言葉から「製薬マーケティングとは何か」を考える

わたしが製薬企業でマーケティングの仕事をしていた時に、上長(マーケティング責任者)から言われたことがあります。

「良い製品とパンフレットと営業経費さえあれば薬は売れる。マーケティングなんてものは要らないのだから、みんなで現場に出て売った方が良いと思わないか?」

このセリフを聞いて、最初こそ「これがマーケティング部門長の言葉か」と耳を疑いました。ただしばらくして、長く優秀なセールスとして活躍し大きな部隊を率いる経験もしてきた彼がそう思ったとしても無理もないのかもしれない、と思い始めました。

上司との会話イメージ図

当時、すでに訪問規制を敷く施設も増え、医師への接待などはできなくなっていました。そんな環境の中でも上手に医師との接点を作るMRがトップクラスの成績を出せば、一躍武勇伝として取り上げられました。

この上長は、そんな現場の工夫こそが大事で、本社であれこれと考えることに煩わしさやジレンマを感じていたに違いありません。心の底からの本音を自分の前で思わず呟いたのだとすれば、海外の本社や国内の経営幹部からの執拗な追求に晒されて大きなストレスが溜まっているのだろう、と。

ですが、いまもこのセリフがココロのどこかに刺さっていて、みなさんから同じ様な質問を受けると妙にチクリとします。そして必ず答えなければならないと感じます。それは、この疑問への回答が「マーケティングとは何か」「医薬品マーケティングはどうあるべきか」という、とても本質的なマーケティングの理解に道筋を与えてくれると考えているからです。

「良い製品」って何だろう

製薬産業にいると「良い製品」を出すことは製薬企業の最大の使命だという声をよく聞きます。特に異論はないのですが、ここでいう「良い製品」の「良い」とはどんな意味を持っているのでしょうか。

良い薬」の代表格、ファースト・イン・クラス

まず良い薬の代表格としてイメージできるものに「画期的な作用機序で市場で初めての薬」、いわゆるファースト・イン・クラスがあります。

例えば脂質異常症治療薬のプラバスタチンやアルツハイマー治療薬のドネペジルは、それまで小さかった市場を一気に拡大するほどのパワーがありました。C型肝炎治療薬のソホスブビルや免疫チェックポイント阻害薬のニボルマブの市場へのインパクトは、それまでの治療法を塗り替えるほどでした。ましてや、そのファースト・イン・クラスの薬がこれまで治療法がなかった疾病領域における初めての治療薬であれば、当然ながら市場の期待も非常に大きくなります。

そのため、ファースト・イン・クラスを出せば成長は確約されている、と考えるのは自然かもしれません。新薬を扱う製薬会社なら、創薬への挑戦の優先順位のトップにファースト・イン・クラスの創造が入っていると想像できます。

ファースト・イン・クラスを脅かすセカンド・イン・クラス(二番手参入製品)

一方で、優れた研究開発の結実として世の中に登場したファースト・イン・クラスの製品よりも、セカンド・イン・クラス、二番手参入製品の方が有効性や安全性の面でも改善されていて、成長が大きいケースも多くみられます。
例えば、ARBがその一例かも知れません。理由の一つとして考えられるのは、一番手製品は農作で畑を耕すことから始めるようにコツコツとユーザーに新しさの意味を伝える必要があるのに対し、二番手製品では一番手が耕してくれた畑に品種改良した種(製品)を植えることから始められるという優位性があります。

つまり、いろいろな実例を見ていると、必ずしもファースト・イン・クラスの成功が約束されている訳ではないことに気づきます。

本来、良い製品が有するべき要素

長年にわたり、ある領域で製品を提供していると、「良い製品とはこういう製品だ」という信念が確立されていきます。しかしながら、その信念に従って作っても売れないケースがあります。では、良い製品として受け入れられるためには、どんな要素が含まれているべきなのでしょうか。

自分達視点の良い薬

「良い薬」というとき、マーケティングやセールスなら、積極的に製品を選択してもらうために臨床的な有用性の高い薬を望むかもしれません。研究や開発なら薬理学的な革新性や独創性に優れた薬が気になるかもしれません。もちろん、この2つの要素が重なった製品を手にできるなら、社内は喝采と将来への期待に満ちるに違いありません。ただ、ファースト・イン・クラスでも成功が約束された訳ではなく、期待ほどに売れないこともあります。それは大抵「ある視点」が欠けているからなのです。

ユーザー視点の良い薬

実は、「良い薬」を探し求めるときに忘れてはならない重要な視点があります。それは「ユーザー(医師や患者さん)にとって、どんな薬が良い薬なのか」という視点です。

仮に、社内のマーケティングやセールス、研究や開発が考える「自分達視点」の良い製品を市場投入できたとしても、どれだけの医師や患者さんがその商品に満足感を覚えるかは未知数です。自分達視点で「良い薬」を探し続けた結果が三番手製品や四番手製品だったら、苦戦を強いられることは想像に難くありません。

でも、ユーザーが感じている課題を解決する製品ができたならば、確実にユーザーはその製品に満足を感じるはずです。

良い薬の第一歩はユーザーの課題を知ること

ユーザーの感じている課題をもう少し具体的に示します。例えば、ある病気には治療の手立てがないという課題であれば、ピカ新の薬は「初めての治療法」という解決策になります。あるいは、注射を打つために遠くまで不自由な体を引きずって病院に通わなければならないという課題であれば、通わなくても打てる薬、つまり自己注射薬や経口薬などが解決策になります。

早稲田大学大学院の入山章栄教授はとてもシンプルに「マーケティングとは顧客の課題を解決することで、課題とは理想と現実のギャップのことだ」と述べています1)。製薬企業がその役割を果たすために顧客の課題を知ることは、良い薬を提供するために一番大事なファーストステップになるはずです。

そして顧客の課題を知るステップで、もう一つ忘れてはならないことがあります。それは、医薬品の顧客の一方にはそれを治療のための道具として利用する医師がいますが、もう一方には最終的にその製品の使用によって健康を守ってもらう患者さんがいるということです。

製薬産業にいると、どうしても処方をする医師のニーズや課題が気になる傾向が強いのですが、先ほど示した課題は、実はいずれも患者さんの課題です。ですから、製薬企業が良い薬を出すためには医師や薬剤師だけでなく、患者さんも含めて課題を把握することが重要で、ユーザーの課題を知ることが良い薬を考える入り口になるのです。

ユーザーとのWin-Winを考えるマーケティング

良い薬を作って多くのユーザーに使ってもらうためには、何らかの働きかけが必要になります。この点でもマーケティングとセールスのどちらを志向すべきか、という議論が起きることがありますが、両者の違いはどこにあるのでしょうか。

製薬マーケティング不要論の裏返し

マーケティングが要らないという意見を唱える人の多くは、逆説的にセールスがしっかりしていれば売上は上がって目標は達成できる、という意見を持っています。これは一面では当たっています。

モチベーションが高く、営業相手の心情を的確に読み解き、欲しそうな情報を素早く届けるようなセールスパーソンは、業界を問わず重宝がられるのもその証拠です。そんなセールスパーソンが何人もいれば、確かにセールスは上がり目標達成も難しくないでしょう。

でも、いまはセールスが期待通り上がっていて自分達が満足な状況だとしても、いずれはマーケティング志向のある企業に追い越される可能性は小さくありません。

セールス志向とマーケティング志向

マーケティング志向のある企業に追い越されると考える理由は、マーケティング志向のある企業はユーザーの課題解決を第一に考えるため、ユーザーの満足を得る確率が高いことにあります。言い方を換えると、セールス志向の企業は自分たちの利益(WIN)を第一に考えますが、マーケティング志向の企業はどうやったらユーザーが自社の製品やサービスから価値(WIN)を得られるかを第一に考えようとするからです。
したがって、マーケティング志向の企業であればあるほどユーザーと自社の間にWIN-WINが成り立つことになります。

ユーザーとWIN-WINを目指すマーケティング

結果として、その企業や製品や社員に至るまでにユーザーからの信頼が高まり、さらにはいつまでも愛着を持って製品を使い続けてくれるロイヤル・カスタマーを育むことに繋がります。よって、マーケティング志向の企業は持続的で安定的な成長を描くことができるようになります。
セールス志向は短期的には良い結果を生むこともあるが、中長期的にはマーケティング志向に利がある、という考え方です。

医療倫理の実践にも繋がるマーケティング

「消費財とは違ってマーケティングという考え方はなじまない」「適正に使ってもらうために医薬情報を届けるのが最大の役割だ」という声も聞こえてきます。確かに医薬品では法規制も厳しく、医療倫理の遵守が必要です。では医薬品マーケティングは、医療倫理の遵守に繋がらないのでしょうか。

製品価値を最大化するためのシナリオ構築

マーケティング・プランニングには、シナリオ構築が重要なプロセスとして含まれています。それは、いかに「適切な顧客」に「適切なイメージ」を与えて「適切なタイミング」に「適切に購入し使用してもらう」かというシナリオです。専門的な用語に置き換えると、市場を筋の良い切り口で切り出し(=適切なセグメンテーション:S)、標的とする顧客群を選び出し(=適切なターゲティング:T)、標的顧客のニーズにマッチした製品イメージを構築する(=適切なポジショニング:P)ということになります。

マーケティングのエッセンス(STP)

この重要なシナリオ構築プロセスは、頭文字を取ってSTPといわれます。STPはマーケティングの最大のエッセンスで、STPがしっかり構築できていると製品の価値が最も引き出されることになります。逆に、十分に構築されていなければ、思ったように製品が成長しない、本来もっと成長を期待できるはずの製品ポテンシャルを活かしきれない、といったネガティブな結果が出る可能性が高まってしまいます。

医薬品マーケティングにおけるシナリオ構築のもう一つ役割

医薬品マーケティングの場合のシナリオ構築プロセスであるSTPは、製品価値の最大化だけでなく、医療倫理の実践にも繋がると考えます。

例えば対象とする患者さんのタイプや製品に抱いてもらうイメージが曖昧だったり不適切だったりした場合、本来使われるべきでない患者さんに使われて医療事故に繋がるリスクがあります。

STPの中のターゲティングでは働きかけを行うべき対象を明確にしますが、同時に働きかけを行わない対象者を明確にすることも意味します。つまり、医療事故の観点では、ターゲティング通りの働きかけが行われる場合、対象外の専門領域の医師や不適切なタイプの患者さんに使われることはあまり考えられず、リスクは減るはずです。
ポジショニングではあるべき使用のタイミングや使い方も定義することになるので、自ずと意図しない薬剤との併用による相互作用や過量投与や過小投与による事故などの発生リスクの低減にも繋がるはずです。

このように、マーケティングは製品価値の最大化という重要な機能を有するとともに、適正に機能することによって医療倫理上も役割を果たし得るということが分かります。

製薬マーケティングは、WIN-WINの創造で企業の持続的な成長をもたらす

「良い製品があれば、製薬マーケティングは要らないのか?」が今回のテーマでした。
腑に落ちたとまではいかないかもしれませんが、マーケティングでは自分基準ではなくお客さま基準の良い薬を目指す、つまりWIN-WINの構築を第一に考えることが大事です。結果として企業が持続的な成長を図れること、そしてその実現のためにはお客さまの課題を知ることがファーストステップだということ、またマーケティングが適正に機能すれば自社の成長や製品価値の最大化だけでなく、医療倫理の実践にも繋がる、という論点に頷いていただけたとしたら幸いです。

<参考>
・世界標準の経営理論, 入山章栄著, 2019年, ダイヤモンド社刊


▼トランサージュによる医薬マーケティング・セミナーはこちら

トランサージュセミナーバナー