メッセージを正しく伝えるには?心理学から学ぶコミュニケーションミスの原因

製薬企業のマーケターは、オウンドメディアの企画を考えたり、患者向けリーフレットの制作を業者へ依頼したり、社内外問わずに発信するメッセージを考える機会が多いでしょう。
しかし、伝えたいメッセージは正しく伝わっているのでしょうか。この記事では、仕事に役立つ心理学の知識をご紹介します。

仕事上でこんなことはありませんか?

・何度も確認したはずの話が通じていない。
・メッセージが意図しない受け取れられ方をする。
・いつの間にか、自分のイメージとは違うキャラクターとして周囲から扱われている。

心理学の分野では、人間の物事の捉え方やコミュニケーションについて、長年に渡り数多くの研究がなされてきました。
その結果、人間の認知や判断には歪みがあり、無意識のうちに行動へ影響を及ぼしていることが分かっています。このような無意識の歪みは心理学で「バイアス」と呼ばれ、ある程度パターン化された傾向が発見されています。

無意識に歪む認知と判断の2つの例

自分では良かれと思って発信したメッセージや行動でも、受け取る相手の認識が悪気なく歪んでいると、なかなか思ったとおりには受け取られません。逆もまた然りです。
しかし、人間の認知や判断に関する歪みのクセを知っていれば、他者の認識をうまく形作ることができるようになったり、相手の意図を汲み取る手がかりになるでしょう。
心理学の実験結果とともに、認知と判断に関する2つの歪みをご紹介します。

1. 認知の歪み:透明性の錯覚

社会心理学者のハルバーソンは、「自分が自分を見るのと同じように、他人も見てくれている」という無意識の思い込みによって人はみな行動していると指摘しています。
この思い込みは残念ながら間違っており、理由の1つに「透明性の錯覚」と呼ばれる傾向があります。「透明性の錯覚」とは、自分の心の中を、実際以上に他人から見透かされているように感じる傾向のことです。
この現象を確かめた研究の中で、マニトバ大学で行われた興味深い実験があります。
「交渉にあたる人が相手の目標、意図をどのくらい早く見抜くか」についての実験です。

相手の意図は見抜ける?また見抜かれている?

実験参加者には、二人一組になって、答えが簡単に出ないような人間関係に関する議題について話し合うよう伝えられます。また、個々の被験者には事前に、ある最終目標が個々に定められています。例えば「自分の考え方を決して曲げない」「相手に好感を持たれることを目指す」「双方が妥協する回数を同じにする」など、5種のうち1つが最終目標に指定されました。
実験における話し合い中、最終目標ついては言葉に出さずに、態度で表すよう伝えられました。
話し合いが終わったあと、相手の最終目標は何かを尋ねます。逆に、自分の最終目標は相手にバレていたかも尋ねます。
結果はどうなったと思いますか?

結果、相手の最終目標を正しく推測できた人の割合は26%でした。
それに対し、自分の最終目標が伝わっていたと答えた人の割合は60%でした。
自分の考えは相手に見抜かれていると思っているのに、実際には伝わっていないことが実証されました。

やりすぎなくらいがちょうどいい

このように、自分の心の中を実際以上に他人から見透かされていると感じる傾向「透明性の錯覚」によって、自分の気持ちが周囲に伝わっていると思っていても、実は全く伝わっていないのが現実のようです。
「顔に出やすい人」という表現がありますが、実際には少し退屈しているときの顔は、少し興味をひかれているときや、少し心配しているときの表情とそっくりなことが多いのです。
意図を伝えたいときには、自分では大げさと感じるくらいに表情を変えたり、しつこいくらいに言葉で明確に伝えたりしないと、相手には届かないかもしれません。

求めている成果を具体的に伝えると業務がスムーズに

仕事においては、外注先に制作物のイメージを伝えたり、部下へ仕事を依頼した際、できあがったものが予想と異なっていた経験はありませんか。
「透明性の錯覚」によって、自分の考えは予想以上に伝わっていません。言語化できていない情報はまず伝わらないと思ったほうが良さそうです。
制作物のイメージや仕事の意図などの成果物について、できるだけ詳しく丁寧に言語化して伝えることで、やりなおしを繰り返すなどの無駄なやりとりを減らすことができるでしょう。

2. 判断の歪み:代表性ヒューリスティックス

人が物事を判断する際にも、あるパターン化された間違いをおかしがちであることが知られています。
1つの例をご紹介する前に、突然ですが皆さんに問題です。

リンダは31歳独身、率直で聡明な女性です。大学時代は心理学を専攻し、差別や社会正義の問題に関心が深く、反核デモに参加していました。
リンダは2つのうちどちらの可能性が高いでしょう?

  1. 銀行の窓口係
  2. 銀行の窓口係でフェミニスト運動に積極的に取り組んでいる

どちらだと思いますか?
実験では、ほとんどの人が「2」を選びました。

論理的に考えると「2」は間違いです。2つの出来事が同時に生じる可能性よりも、1つの出来事が単独で生じる可能性のほうが低いということは論理的にありえません。
こちらは「リンダ問題」と呼ばれる、有名な心理学の問題です。
「リンダ問題」の場合、フェミニストの銀行窓口係は全員が銀行の窓口係なので、リンダがただの銀行の窓口係である可能性のほうが高いはずです。
しかし、問題文中のリンダに関する説明は「銀行の窓口係」よりも「フェミニストで銀行の窓口係」のほうがふさわしいように考える人が多いのは、一体なぜなのでしょうか。

無意識に経験やイメージから判断してしまう自動システム

原因は、「ヒューリスティックス」と呼ばれる、人間の思考の自動システムにあります。
「ヒューリスティックス」とは人の判断において、考えることをショートカットするために無意識に経験則をあてはめるシステムです。考えることには多大なエネルギーを必要とするため、なるべく簡単に片付けてエネルギーを節約しようとします。
「ヒューリスティックス」にはいくつかの種類がありますが、「リンダ問題」においてはその中の「代表性ヒューリスティックス」が影響していると言われています。
「代表性ヒューリスティックス」は、あるものAがカテゴリーBをどれくらい代表しているかを判断するにあたって、AがBに対する自分のイメージや固定観念にどれくらい似ているかを自問して答えを出してしまいます。
そのため、A(リンダ)に関する記述はB(フェミニスト)のイメージに似ていると判断し、「2」のカテゴリーを代表していると考え、リンダはカテゴリーBに属する可能性が高いと判断してしまったのです。

的確なターゲット理解のために

マーケティングにおいてはターゲット像を描く必要があります。例えばがん患者向けのメッセージを考える際に、年齢や性別など、断片的な属性情報から描いた患者像は、実際の患者とはかけ離れている可能性があります。気をつけていても陥ってしまう、「代表性ヒューリスティックス」のような、思考の自動システムにはどのように対処をしたらよいのでしょうか。
まず、自分の想定は事実ではないと認識することが重要です。がんという病気は同じでも、患者は一人ひとり異なるため、自分の想定は間違っているかもしれないと考えることにより、現実の患者像に近づくことができるでしょう。
次に、さまざまな可能性を想定することも重要です。あらかじめ準備した一つのシナリオを脇におき、データなどから浮かび上がる事実に沿って、別のシナリオを描くことで、的確なターゲット理解につながるかもしれません。
このように、自分の考えに疑問を持ち、さまざまな可能性を広げて考えることで、思考の自動システムの罠から抜け出すことができるでしょう。

人間の無意識における認知・判断のクセを知ることで、仕事上のコミュニケーションや発信において、気をつけるべきポイントが少しつかめたでしょうか。今回ご紹介した内容以外にも、さまざまな認知や判断の歪みが発見されています。日々の業務に追われていると、丁寧にコミュニケーションを取ることが難しかったり、ゆっくり考える時間が取れないことも多いでしょう。しかし、今回ご紹介したように、お互い不確実で理論通りに動けない人間同士であると知っているだけでも、少しだけ仕事がスムーズに進むようになるかもしれません。


参考文献
『実践 行動経済学』リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン、日経BP、2009
『グラフィック 社会心理学 第2版』池上知子、遠藤由美、サイエンス社、1998
『だれもわかってくれない あなたはなぜ誤解されるのか』ハイディ グラント ハルバーソン 、早川書房、2015