【コラム】第1回 製薬業界の立場から、話題のDX/UXの本質を掴む

現在の製薬業界では、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を頻繁に見聞きするようになりました。今後はプロダクトマネージャーがDXの真の意味や目的を理解した上で、マーケティングやプロモーションを検討・実行する必要があるかもしれません。実際に他業種ではそのような動きが非常に活発です。
そこで本コラムでは、DXの本質と他業種での取り組み、製薬業界のマーケティングやプロモーションへの応用などについて、全4回にわたって解説します。第1回は、DXの目的や背景、具体的な成功事例を取り上げます。
(Prospection株式会社 カスタマーサクセス プリンシパル 高橋洋明)

DX/UXの本来の意味とは?

製薬企業の方々とお会いし、データの解析やデータベース統合、システム連携に話が及ぶと、「DX」という言葉がよく出てきます。そのような取り組みをしている製薬企業が増えているからですが、一方で、発言の趣旨からDXを「システム連携」と認識されているケースも散見されます。しかし実は、DXとはITのシステム連携のみを指す言葉ではありません。

『アフターデジタル2 UXと自由』1)によれば、DXとは「新たな顧客体験(=UX : ユーザーエクスペリエンス:User Experience)を作り、顧客とアフターデジタル型の関係性を築くことがあるべきDXである」と明言しています(アフターデジタル型については下記で解説します)。また、「UXを議論しないDX、顧客視点で提供価値を捉え直さないDXは、本末転倒である」とも断言しています。

この指摘は、筆者自身これまで手がけてきた仕事の経験から全面的に賛同します。筆者も、仕事の議論の中でDXの説明を求められたときには「DXとは、顧客に最高の顧客体験を提供するために取り組むもの」と説明しています。

なぜこれほどまでにDX/UXという言葉が盛んになったのかを、これまでの経緯から簡単に振り返ってみましょう。

DXが盛んに言われるようになった背景とアフターデジタルとは?

もともとDXは、日本よりも海外で先行していました。

例えばDX大国として知られるエストニアでは、DXでできないことは「結婚」と「離婚」だけです。それ以外の2500を超える行政手続きを全てオンラインで24時間いつでも済ませることができます2)
中国では現在、特に大都市部において、顧客の利便性の向上のために、買い物などの消費行動の全てのデータが絶え間なく収集され、その活用が改善・推進されています。さまざまなアプリによって個人の活動がデータとして蓄積され、その活動が健康の維持増進に寄与する(散歩や自転車の利用で運動量が多いなど)といった社会に貢献する活動であれば、その個人が社会的に評価されます。具体的には、一人一人に信用スコアという持ち点があり、このスコアが高い人だけが受けられる財・サービスがたくさんあります2)

これらはインターネットの発達、スマートフォン及び電子商取引の普及、行動経済学の進歩、センサーの発達と通信環境の整備による行動データ取得の簡便化などが相まって起こった世界です。
この世界はOMO(Online merges with Offline)、すなわちリアル世界がデジタル世界に取り込まれた世界という概念(アフターデジタル型)で捉えられています。

例えば、買い物をする場合、これまでは直接店に行って、たまにネットで買い物をする世界でした。それが現在では、常にネットにつながっているスマートフォンで買い物をして、たまに店に行って買い物をする世界に変わり、その購買行動などの行動データが蓄積されることでさまざまな情報提供(割引チケットの配信やおすすめ商品の紹介などが個人向けに最適化されて配信)されることで、利便性が飛躍的に高まっています。

やりたいことが全てデジタルの世界の中で完結する、ほぼほぼデジタルで時々リアルという世界に変革するということです。

DXの目的とは?

日本は世界のDXの取り組みから遅れを取っていたため、経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会のDXレポート 〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜(サマリー)」3)では、下記のように重要なポイントを指摘しつつ経済損失の警鐘を鳴らしています。

多くの経営者が、将来の成長、競争力強化のために、新たなデジタル技術を活用して新たなビジネス・モデルを創出・柔軟に改変するデジタル・トランスフォーメーション (=DX)の必要性について理解しているが・・・
• 既存システムが、事業部門ごとに構築されて、全社横断的なデータ活用ができなかったり、過剰なカスタマイズがなされているなどにより、複雑化・ブラックボックス化
• 経営者がDXを望んでも、データ活用のために上記のような既存システムの問題を解決し、そのためには業務自体の見直しも求められる中(=経営改革そのもの)、 現場サイドの抵抗も大きく、いかにこれを実行するかが課題となっている
→ この課題を克服できない場合、DXが実現できないのみでなく、2025年以降、最大12兆円/年(現在の約3倍)の経済損失が生じる可能性(2025年の崖)。

経済産業省, デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会のDXレポート 〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜(サマリー), 2018.9.7(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_01.pdf

つまり、DXとは、社内のシステムを連携させれば済むものではなく、そもそも顧客にとって最高のUX(顧客体験)を提供するために、業務全体を見直し、さまざまなデータを駆使できる環境を整える一連の取り組み全体を指します。
従って、DXの目的は、最高のUXを提供することなのです。

具体的なDXの成功事例は?

では、DXにはどのような具体例があるでしょうか。ここでは、私たちに関わりがありそうな2つの事例を紹介します。

ディズニーリゾートのアプリ

現在ディズニーリゾートが配信しているアプリは、お客さんの利便性を高めるためのさまざまな機能が実装されています。
宿泊施設や入場チケットの予約及び購入はもちろん、パーク内の最新情報(休止のアトラクション、レストラン、ショップ、ショー)、園内の全てのアトラクションとレストラン及びショーの予約や待ち時間が随時最新情報で表示されます。また、予約できたアトラクションやレストランの時間も一目でわかるように表示され、時間が近づくと教えてくれるため、お客さんは常に効率よく見たいものや乗りたいものを楽しめます。

さらに、期間限定のアトラクションのキャンペーンでは、SNSを利用して写真撮影をすると、ディズニーリゾートのオリジナルフィルターで写真をデコレーションでき、それを投稿するとディズニーリゾートの公式SNSアカウントで紹介してもらえるなど、お客さんのUX(利便性、満足度などの顧客体験の全て)を最大限まで高めるべく、継続した取り組みがなされています。

富士フイルム

医療業界では、富士フイルム4)のDXの取り組みが有名です。同社が持つ写真やデジタルカメラにおける豊富で業界最高水準の画像解析技術を、写真市場の衰退を見据えて医療業界に転用進化させたことは、DXの好事例として頻繁に取り上げられています。
現在、同社の画像診断技術は医療機関及び医療機器向けに、ビジネス拡大を続けています。筆者の知り合いの複数の医療関係者からは、富士フイルムの画像診断は、より鮮明・繊細で、診療に非常に貢献しているという発言を聞きます。これも医療者や患者さんのUXを高める事例です。

世界に比べてDX/UXで遅れをとっている日本

日本はDXやUXに成功している企業や業界が、まだまだ限定的です。
本来、DXによって、顧客の行動データなどのさまざまなデータを収集・分析し、顧客の利便性を継続的に向上させることで、自社の競争優位性が高まります。そして、そのような競争から、社会全体も近い将来変革されると考えられています。ネット通販の利便性を極限まで高めたAmazonによって、私たちの購買行動が大きく変わり、そのことで社会の物流そのものも、より早く、受け取りやすく配達してもらえるように変わったことも、社会が変革した一例です。

しかし、日本発信のDX事例でAmazonのように社会を変革した事例は、まだ少ない現状です。それは、製薬業界でも同様です。なぜそのような状況なのでしょうか。次回は「製薬業界におけるDX/UXの取り組みと課題」について解説します。

<出典>※URL閲覧最終日2022.8.19
1. 藤井保文, 日経BP, 2020, 『アフターデジタル2 UXと自由』 
2. 藤井保文/尾原和啓, 日経BP, 2019『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』
3. 経済産業省, デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会のDXレポート 〜ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開〜(サマリー), 2018.9.7(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_01.pdf
4. 富士フイルムホールディングス, AIを活用した医療製品・サービス事例 AI技術を活用し、医療現場を支援(https://holdings.fujifilm.com/ja/about/dx/activity/01