塩野義製薬に学ぶ、売上シミュレーションによる営業活動の最適化事例

塩野義製薬に学ぶ、売上シミュレーションによる営業活動の最適化事例

「データサイエンスとデータエンジニアリングの融合による新たな価値創造」をテーマとするオンラインイベント「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」が2024年2月末に開催されました。効率的な営業活動をシミュレーションにより探索し意思決定に役立てた塩野義製薬株式会社の取り組みを紹介した、同社DX推進本部 データサイエンス部 副島氏の講演「売上シミュレーションによる営業戦略の策定支援」の内容をレポートします。

データドリブンな意思決定の重要性

冒頭、副島氏は「世界デジタル競争力ランキング2023年版(IMD世界競争力センター)」のデータ1)をもとに、日本企業のデータ活用の弱みについて言及しました。同ランキングによると、日本は「デジタルスキル/技術的スキルの可用性」が64カ国中63位、「機会と脅威に対する企業の対応」が62位、そして「企業の俊敏性」と「ビッグデータとアナリティクスの活用」がともに最下位の64位と、データドリブンな意思決定に弱みを持っていることがわかっています。

一方、各ビジネス領域でデータ活用の効果は証明されており、中でもデータドリブンな意思決定は営業利益との相関が高いことが総務省の調査2)で明らかとなっています。

こうした傾向は米国の研究でも確認されており、データドリブンな意思決定が生産性の向上につながるというエビデンスが示されています3)

ビジネスに効果的であることが示唆されている
2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋

「かつては経験と勘が通用した時代もありましたが、環境変化が加速するいま、データに基づいて最新の状況をシミュレーションし、意思決定を下すことが求められています」と副島氏は指摘します。

ビジネスアナリティクスの4類型とシミュレーションの位置づけ

それでは、データドリブンな意思決定には具体的にどのような種類があるのでしょうか。副島氏は、データドリブンな意思決定を支えるビジネスアナリティクスについて、以下の4類型に整理して解説しました。

  1. プロアクティブ型 外れ値の検出などを行うような取り組み
  2. What-If型 シミュレーションやリスク・ヘッジ、最適化などを行うような取り組み
  3. 発見型 リスクの試算を行うような取り組み
  4. 集計分析型 過去のデータを分析して要因を分析するような取り組み


ビジネスアナリティクスの種類
2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋


今回の講演では、2のWhat-If型に含まれる「シミュレーションと最適化モデル」に焦点を当てます。シミュレーションの中でも、感度分析やリスク分析、期待値計算などさまざまなアプローチがありますが、副島氏が注目するのは「確率分布とモンテカルロ法を組み合わせたシミュレーション」です。

シミュレーションの例
2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋

塩野義製薬で一連の取り組みとして実践されている4つの営業シミュレーション事例について、順を追って紹介されました。

事例①:時系列予測により目標とのギャップを算出する「売上予測」

時系列予測によって情報提供の将来的な成果を見積もることができるようになったというお話です。

医薬品の適正使用を促進するための情報提供活動は必要不可欠であり、そこにかけるリソースは重要な位置を占めています。

時系列予測モデルを構築し、「X年」までのデータによる予測と「X+1年」までのデータによる予測を合わせて行うことで、X年からX+1年の薬剤の適正使用の情報提供によって、薬剤が届く患者数が増加する結果が得られました。

同時に、「薬剤を必要とする全ての患者さんに届ける」という製薬企業の目指すべき姿を考えると、その状態を達成するためにはまだまだギャップがあることも明らかになりました。

そこで次に、そのギャップを埋めるためにはどのくらいのリソース量が必要なのかについて検討を行いました。

事例②:必要なリソースを算出する「売上シミュレーション」

目標を達成するために必要な営業リソースを割り出す、売上シミュレーションモデルについて解説されました。

活動回数をインプットし何万回もシミュレーションを行うことで、どの程度の売上が達成できるかどうかのアウトプットを算出できます。逆算も可能で、目標の売上から、必要な活動回数を求めることも可能です。

事例②必要リソースを算出する「売上シミュレーション」
2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋

このモデルの全体像としては4つのステップからなります。

  1. 顧客のセグメント化(顧客の状態に応じて提供すべき情報は変わるため)
  2. セグメントごとに製品シェアの確率分布を算出
  3. 月次データ入手ごとに製品シェアの確率分布をベイズ推定で更新
  4. 顧客状態と製品シェアの確率分布からモンテカルロ法で売り上げを算出


事例②必要リソースを算出する「売上シミュレーション」
2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋

興味深いのは、この確率分布の形が対数正規分布に従うという点です。対数正規分布は、ポジティブフィードバックやネガティブフィードバックがかかっているようなものに現れやすいという特徴があります。例えば製品シェアであれば、顧客に製品を使用してもらい、その結果使い慣れていく。使い慣れた結果、さらに使用してもらう。そういったポジティブフィードバックが働く場合において、右側に広い分布の形が見られるのだそうです。

さまざまな製品や時系列で試してみてもこのような分布が当てはまったため、比較的広範囲に適用できる分布である可能性があります。

最後のステップとして、モンテカルロ法により売上を算出します。各セグメントの市場規模に、そのセグメントの確率分布からランダムに抽出し掛け合わせたものを数万回シミュレーションした結果、目標売上の達成に必要な営業リソースが足りないことがわかりました。

事例③:効果換算表が実現する営業リソースの最適配分

営業リソース量が限られる中で売上目標を達成するには、リソースの質を向上させ実質的な総量を上げる必要があります。

そこで、どの顧客セグメントにどの営業活動をどの程度行えば成約率が上がるのかを分析。その結果を「効果換算表」としてまとめました。

事例③リソースの”質”を向上する「効果換算表」
2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋

例えば、「活動Bを、顧客セグメントAとMに行えば5倍の効果が見込める」といった結果を、多変量解析にて導きました。

また、基本的には活動回数に比例してその効果も上がっていくものの、一定の回数を超えると頭打ちになる「活動の上限回数」も算出できました。

この効果換算表に基づいて営業活動を行ったところ、活動の成功率が向上しました。その効果は分析で事前に想定していた以上で、活動のアウトプット自体が向上していたといいます。これに対し副島氏は、「データに基づく指示によって自信を持って活動できた。それにより1回あたりの活動のアウトプット自体も向上したのではないか」と考察します。

事例③リソースの”質”を向上する「効果換算表」
2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋

事例④:リソース配分を効率化する「最適化モデル」

最後に今後の展望として、さまざまな製品がある中で、どの製品にどの程度リソースを割くべきかの「リソース配分最適化」が行えるモデルの作成に取り組んでいることが紹介されました。

このモデルは予算立案時の使用を想定されているとのこと。具体的には、リソース配分をモデルで算出の上、例えばガイドラインに薬剤が掲載されるといったイベントなども含む経営戦略に基づいてリソース配分の計画を修正した上で、その計画に基づいて活動を実行していく。こういったフローの中で、最初の部分のリソース配分作成のたたき台としての使用を考えているといいます。

データドリブンな意思決定で一歩先の情報提供活動を

本講演では、変化の激しい昨今においてはデータドリブンな意思決定が重要であること、そしてシミュレーションを活用した営業戦略策定により着実な成果を上げている塩野義製薬の先進的な取り組みが紹介されました。

常に変化の渦中にある製薬業界のマーケティング活動では、これからもデータドリブンな意思決定の必要性はますます高まるでしょう。データの力を積極的に取り入れていくことで、製薬業界のDXを加速し、新たな価値創造への道を切り拓いていけるのではないでしょうか。

<出典>※2024.4.8参照
1)IMD, IMD World Digital Competitiveness Ranking 2023(https://www.imd.org/news/world_digital_competitiveness_ranking_202311/
2)総務省, 2020年, デジタルデータの経済的価値の計測と活用の現状に関する調査研究
3)Brynjolfssin E et al., 2019, Data in Action: Data-Driven Decision Making in U.S. Manufacturing