医薬品の国際開発の源泉「ICH」ってなに?

優れた新薬が一刻も早く世界中の患者さんに届く。誰もがそれを望む一方で、新規医薬品は国(地域)ごとに審査・承認されるため、その規制やルールがスピードに対する壁になっています。この壁を乗り越える手段の一つがICHのガイドラインであり、ICHの意義です。ここでは、医薬品のマーケティングにつながるさらに前、いかに効率的・効果的に医薬品を世に出すかという視点で、ICHについて簡単に解説します。

ICHとは?

ICHは、医薬品規制調和国際会議のことです。PMDAのサイトによると、「医薬品規制当局と製薬業界の代表者が協働して、医薬品規制に関するガイドラインを科学的・技術的な観点から作成する国際会議で、他に類がない場」とあります1)。また、ICHの使命は「限られた資源を有効に活用しつつ安全性・有効性及び品質の高い医薬品が確実に開発され上市されるよう、より広範な規制調和を世界的に目指す」ことです。

言い方を変えると、各国の新薬承認審査の基準がマチマチだと、各国の基準に沿った対応になり、それだと時間もコストもかかります。これら基準がどの国(地域)でも同じなら、患者さんが必要とする、安全で有効な新医薬品をより早く提供できることにつながります。臨床試験の実施方法やルール、申請書類のフォーマットなどを国際的に統一・標準化することで、不要な重複を避けて、新薬開発・承認申請の効率化を図るための調和会議がICHです。

ICH:International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use

ICHの創設

ICHは1990年に創設され、1991年に第1回目の国際会合が行われています。その10年前ごろから、たとえばサミットで高度科学技術(ハイテクノロジー製品)の話題と並んで難病克服のための医薬品が取り上げられ、議論されるようになったそうです。そこで、医薬品の承認申請に関するルール制定やそのメンテナンスが必要とされ、ICH構想が議論されたわけです。

現在のようなコミュニケーションツールがなかったICHの黎明期、先達たちが当時、国際郵便やFAXといったツールを駆使し、世界を奔走しながら時間と手間を惜しまず作り上げた、この分野だからこそできる画期的な国際ハーモナイゼーションがICHガイドラインです。その策定までの苦労やブレイクスルーはとても興味深く、まるで「プロフェッショナル 仕事の流儀」のような、心の動くドラマがあっただろうと想像します。ICH策定までの、ときに苦難の歴史については、日本薬史学会での黒川達夫先生のご講演2)などが面白いと思いますので、一度読んでみてはいかがでしょうか。

ICHで採択された内容はどうなる?

ICHで採択された内容は「ICHガイドライン」として厚生労働省医薬・生活衛生局から通知されます。

ICHガイドラインは、Quality:品質(品質に関するガイドライン)、Safety:安全性(非臨床に関するガイドライン)、Efficacy:有効性(臨床に関するガイドライン)、Multidisciplinary:複合領域(品質・安全性・有効性の複数領域に関わるガイドライン)、Gene Therapy:遺伝子治療、に分類されます。

品質に関するガイドラインを以下に列記します3)。現在、80を超えるガイドラインが策定されており、いったん策定されたガイドラインは時制や環境の変化にあわせてメンテナンス(改正)が行われたり、随時、新規TOPICの提案が行われたりします。

ICH-Q1安定性ICH-Q8製剤開発
ICH-Q2分析バリデーションICH-Q9品質リスクマネジメント
ICH-Q3不純物ICH-Q10品質システム
ICH-Q4薬局方ICH-Q11原薬の開発と製造
ICH-Q5生物薬品の品質ICH-Q12ライフサイクルマネジメント
ICH-Q6規格および試験方法ICH-Q13連続生産
ICH-Q7GMPICH-Q14分析法の開発
https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0068.html

Medinewで以前取り上げた製剤の安定性試験に関するの記事も、おおもとは「ICH-Q1ガイドライン」です。

ICHガイドラインが決まるまでのステップ

医薬品の品質・有効性・安全性といった分野ごとに、専門家が協議し、ガイドラインの作成を進めていきます。ガイドラインは、5段階のプロセスによって合意されます4)

▼ステップ1
新しいガイドラインの提案が、総会により承認されると、専門家作業部会が設置されます。専門家作業部会では協議を重ねてガイドライン案のベース(技術ドキュメント)を作成します。

 

▼ステップ2
ステップ2a:技術ドキュメントを確認します。
ステップ2b:技術ドキュメントが、ガイドライン案として採択されます

 

▼ステップ3
各地域・国の規制当局からガイドライン案が公表され、パブリックコメントが求められます。寄せられたコメントに基づいて専門家作業部会で協議が行なわれ、ガイドライン案が修正されます。

 

▼ステップ4
ガイドライン案が総会の規制当局代表者によって最終的に合意、採択されます。

 

▼ステップ5
各地域・国の規制当局において、それぞれの手続きにしたがってガイドラインが施行されます。日本では、厚生労働省医薬・生活衛生局から通知されます。

 

https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0070.html より一部改変)

既存のガイドラインについても、科学技術の進歩の反映やガイダンス追加の必要がある場合には、改訂やQ&Aの作成などが行われます。こうした改訂や追加も、総会の承認により決定されます。

ICHガイドラインの最新の話題

以下のガイドライン(案)が策定途上となっています。新たに提案されたガイドライン案を列記します4)。いったん策定されたガイドラインの見直し(改正・補遺)については割愛しています。

【品質 (Q、品質に関するガイドライン)】
Q13連続生産:原薬及び製剤の連続生産(ステップ2)

【安全性 (S、非臨床に関するガイドライン)】
S7薬理試験:QT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的及び非臨床的評価(ステップ3)
S12遺伝子治療製品の非臨床生体内分布の考え方(ステップ3)

【有効性 (E、臨床に関するガイドライン)】
E11臨床試験:小児医薬品開発における外挿(ステップ1)
E14臨床評価:QT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的及び非臨床的評価(ステップ3)
E19安全性データ収集の最適化(ステップ3)
E20アダプティブ臨床試験(ステップ1)

【Multidisciplinary:複合領域 (品質・安全性・有効性の複数領域に関わるガイドライン)】
M10生体試料中薬物濃度分析法バリデーション(ステップ3)
M11CeSHarP(電子的に構造化された臨床試験プロトコール調和テンプレート)(ステップ1)
M12薬物間相互作用(ステップ1)
M13即放性経口固形製剤の生物学的同等性試験(ステップ1)

製薬マーケッターも基本知識として知っておきたいICHのこと

本記事は、医薬品のマーケティング活動に直接関係する内容ではないかもしれません。しかし、たとえばアンメット・メディカルニーズの課題の一つにドラッグ・ラグの問題があります。これは日本に限ったことではありません。一昔前、各国ごとの審査であった欧州、米国 FDA はそのパフォーマンスが非常に悪く、審査にかかる時間が日本よりも長かったと言われています5)。米国は、これを打開するために国を挙げて大改革を行い、審査ラグ解消していきました。日本も国と製薬産業が連携してラグの短縮化を実現していますが、そのおおもとのおおもとにICHによる国際調和があると言えるのではないでしょうか。

医薬品のマーケティングが、最終的には患者さんの恩恵のためとすれば、その大前提としてICHによる国際調和があるということを知ると、少しだけ興味が湧きませんか?いまICHの動きがどうなっているのかを知ることが、医師や薬剤師とのコミュニケーションで何かの役に立つかもしれません。

<参考> ※URL最終閲覧2021年12月1日
1) 薬史学雑誌2014, 49(2),165-170.
2) ICH 医薬品規制調和国際会議, PMDAホームページ(https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0014.html
3) Quality:品質(品質に関するガイドライン), PMDAホームページ(https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0068.html
4) ガイドライン, PMDAホームページ(https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0070.html
5) 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス  Vol. 44 No. 8(2013)