MDMD2021レポート/オンコロジーマーケターが知っておくべきRWD活用方法

「医薬品業界におけるマーケティングの新潮流・最新トレンドの展望」をテーマに2021年9月に開催したオンラインカンファレンス「Medinew Digital Marketing Day 2021」。株式会社JMDC製薬本部 コンサルティング部 田中重雄氏による講演では、マーケターの職種においてなぜリアルワールドデータ(以下、RWD)が役に立つのか、がん患者の事例を紹介しつつ基本的な考え方を提示しました。データの価値を理解し、最大限に活用するための心構えと基礎知識を指南します。

オンコロジーマーケターの心構えとデータ活用

オンコロジーは非常に複雑な領域です。たとえデータ量がリッチであっても、機械的にシンプルな分析をすると、結果のぶれや解釈の歪みが生じやすくなります。したがって、個人の経過(診療のローデータ)を追いかけて観察する、ミクロの目をもつことも大切です。

また、RWDといってもデータだけに頼るのは危険であり、分析や解釈には現場へのヒアリングがほぼ必須といえます。オンコロジー領域の分析では、レジメンの多様性などもあり、N数確保に走る傾向があるでしょう。しかし、RWDの限界を理解して質と量を両立させた分析を考えることがより重要です。売上高やマスの患者分析に加えてミクロのペイシェントジャーニーから示唆を得ることにより、これまでに得られなかった仮説やマーケティング機会のヒントを生み出します。

このような考え方を踏まえて、RWD活用前から活用途上のマーケターに向けて、ペイシェント・セントリシティ(患者中心の考え方)や業界全体の潮流を念頭においたRWD活用のあり方に触れていきます。デジタルマーケティングのセッションではありますがエモーショナルな考え方やアナログな分析手法も含めてお伝えします。

一般消費財のマーケターとの違い

マーケターの職種は一般的に「売れる仕組みを作る」役割といわれます。しかし、先人たちの築いてきた偉大なフレームワークを駆使する以上に「人の気持ちを理解し」「ヒトのココロを動かす」ことが重要ではないでしょうか。

フレームワークを使った「鳥の目」では、なかなか細かい部分が見えません。患者の一人ひとりが「どんな体験をし」「何を感じて」「どう困っているのか」理解して改善する姿勢がオンコロジーのマーケターに求められる本質であると考えます。つまり「虫の目」を持つことです。

一般消費財のマーケターと比較をすると、Rxやオンコロジーのマーケターには、打ち手を制限する多くの規制があります。特筆すべきは「自分ごと化しにくい」という点です。B2D2Pという流れに加えて、がんや希少疾患は机上の推論を出ないケースが往々にしてあるからです。また、Rxやオンコロジーの領域のように「命との距離」が近いほど、マーケティング販売計画の有無・良否に関わらず、必要な製品は自然に使われていくというのが実際です。

しかし、保健医療の枠組みの中でレセプトなどの貴重な客観情報が豊富に流通し、市場を透明化しやすい点でめぐまれています。オンコロジーマーケターは「めぐまれた情報」を理解して限界まで駆使して自分ごと化し、ペイシェント・セントリシティに軸足を置いてピンポイントの戦略を立案することが重要です。

オンコロジーマーケターが答えなければならない問いとは

オンコロジーマーケターが現場で瞬発的かつ容易に答えなければならない質問には、例えば次のようなものがあります。

  • 売り上げシェアやリテールの状況
  • 差別化点のポイント、ポジショニングやメッセージ
  • 患者はどの程度適切に受診/検査/診断/治療を受けているか

一方で「多様で複雑なレジメンに加えて個別レアケースのようなパターンはあるか」「あらたに推奨されているレジメンはどのような患者から広まっているか」「担当しているがん種の患者が特定の医療機関で継続的に治療を満足して受けられているか」といった質問に答えるのは困難です。

卸伝票ベースの売上データだけを見ている限り、こうした問いには答えられません。だからこそオンコロジーのマーケターは患者の実体験に細かく迫ることができるRWDを活用すべきです。

製薬企業マーケティングにおけるRWD活用の基礎知識

RWD活用の例を挙げる前に、患者の実体験を追う際によくもちいる、保険者由来のデータベースについて解説します。保険者データベースとは、健康保険加入者の受診履歴や健診データなどを集約したものです。

構造としては、1階部分として健保加入の時期や有無を確認できる台帳情報があります。さらに2階部分として疾患の有無によらず受けておられる健診データがあり、さらに3階部分として保険診療の受診履歴、いわゆるレセプト情報があります。保険者データベースの中であれば加入者ごとに一意のIDにより、これらの行動様式、健診の値、レセプトが紐付いています。

レセプト自体については、マーケターがあまり目にしないものかもしれません。保険点数上で患者がどのように判断され、行為が施されたかが分かるようになっています。オンコロジーの場合、診療内容と項目の検査処置に重要な情報があります。手術や医薬品の状況に関しても項目ベースの情報のほか詳細が掲載され、医療費も分かります。

医科レセプトの例

先に申し上げたとおり、売上データだけでは見えない患者の体験に迫り、臨床現場の肌感覚を養うためにもレセプトの情報は不可欠です。

レセプトの特性を理解して「追体験」する

オンコロジーマーケターが分析から細かい気づきを得るためには、レセプトの特性を理解することが重要です。

医療機関データベースは、箱(施設)に紐づく情報です。罹病期間が長いオンコロジー領域においては、患者が数年間にわたり診療を受け、その間に複数の施設をまたぐことが多く、経過を追いきれないケースが多々あります。

また、レジメンは非常に複雑であり、ガイドラインどおりのレジメンにかぎらず、医師はいろいろなパターンを試しているのが実情です。したがって膨大なパターンが生じ、画一的な分析をすると定量的にも定性的にもミスリードの可能性があることに注意が必要です。

さらに、検査や手術にともなう施設間連携、副作用のための休薬、といった事情によってレセプト上の治療空白が発生しがちです。よって医療機関データベースで薬剤だけを追いかけても、治療が継続できているのか識別しにくいといえます。

こうした特性を踏まえ、私たちは主に保険者データベースを用いてペイシェントジャーニーを「追体験」します。レセプトの癖を理解しつつ、客観的に、かつ可視化された受診履歴を追体験することにより、エスノグラフィー(行動観察学)のような示唆が得られます。

広告代理店による一般消費財のジャーニー分析などでよく見受けられますが、タッチポイントごとの患者の気持ちの浮き沈みなどを定性的に描くと、なんとなく患者の行動を理解したつもりになりえます。しかし、いざ施策を立案しようと、その分析結果を使おうとすると定量性が欠け、また往々にして主観的なため、うまく使えないことがあります。一方で、我々の考える追体験は定性的なお絵かきだけではありません。

がん患者のヒストリーによるRWD活用事例

本セッションでは、事例として、実際の大腸がん患者の4年弱ぐらいのヒストリーを追いかけてみました。実際には、高齢の方なのでいろいろな項目の請求履歴がありますが、オンコロジー関連のデータを拾ってプロット・可視化しています。

事例で紹介されたがん患者のヒストリーでは、患者の最初の受診結果なども推察できるほか、その後どの程度の規模の病院に通院していたか、転帰や薬剤、診療加算の項目なども分かります。
今回紹介された患者の転帰は死亡でしたが、最期を迎えるにあたって数カ月パターンが変わっていることも、ヒストリーから読み取れるようです。患者は抗うつ剤や麻薬を使ったターミナルケアへの転換がおこなわれていましたが、場合によっては、こういったターミナルケアの実情を踏まえた配合剤の開発なども、ジャストアイデアとして示唆されるのではないでしょうか。

RWDにおけるモデル化と定量化

あくまでも一例を挙げましたが、このような個別の追体験を、数十件ほど積み上げることによって、多くの領域ではモデル化と定量化ができます。

「モデル化や定量化は質問や要望の多いテーマで、ある程度の代表性を持って10~20例のサンプル患者の個別ジャーニーを精査すると、治療実態の大まかなパターンが見えてきます。とりわけ、N数を確保しにくい希少疾患や難病においては一層の効果を発揮すると考えています」と田中氏。

例えば今回のオンコロジーのケースであれば、11例のうち8例では臨床腫瘍科もしくは血液内科が治療の指導をしているという定量化が可能です。11例の4例では、定期診断のときに特異的な診断を行わず勘で診断をしているようなケースもみられました。また、11例中8例は単剤、特に2例では単剤どころか処方が中断してしまっているケースがあります。このパターンを参考にすれば、N数のあるデータベースで分析をするときにも、レジメン分析をどう定義すれば正確に結果を得られそうか、考える材料となります。

ペイシェントジャーニーがもたらす示唆

ペイシェントジャーニー分析を積み上げたときに見える示唆の例をお示しします。

まず治療空白の理解と補正です。がん治療では単純に3か月以上の期間が空いたときに、ファーストラインからセカンドラインセカンドのようにレジメン移行とみなすような分析定義が往々にしてあります。

治療空白の理解と補正

たとえば100人を分析したときに、処方の空白期間が3カ月以上空いている方は24%いました(図表)。本当に空白前後でレジメンが移行しているのかを見ていくと、レジメン移行していない人が71%でした。つまり、3カ月以上空いたときにレジメン移行と定義した場合、10から20%ほど結果がぶれることになります。また、ペイシェントジャーニーの追体験から、ライン変更がなかった患者がなぜ空白が空いたのかまで情報を読み解くことができます。

次に転院率の実態と背景に関する示唆の例です。分子標的薬を使っている患者、つまりある程度、主治医療機関が固定されがちな患者を抽出して転院を追いかけました(図表)。観察集団50人の中で転院している患者がおよそ11人(約22%)。レセプトから他部位の転移、終末期に移行、放射線治療でやめたという背景まで読み解くことができます、医療機関データベースで治療終了などと解釈してしまうと、このように20%の転院率が分析を狂わせる可能性があります。

転院率の実態と背景

より建設的な示唆を得られた事例として、検査の実施と処方の関係をお示しします。本来RAS検査は大腸がんの分子標的薬の選択に関わる遺伝子検査であり開始前に行うべきですが、未検査で分子標的薬治療を始めた37人のうち、治療途中でRAS検査を実施し、その結果からレジメン変更した例が約半数ありました。

とくに、アバスチンを使い、その後別の薬に移るケースが一番多くなっています。アバスチンは標準薬のため、大腸がんのケースであればRAS検査より先に使うケースが慣習的に残っているためでしょう。このような流れをつぶさに観察して、適正な啓発をおこない、医療の環境を向上させることがマーケターとしての醍醐味かもしれません。

検査実施と処方の関係

ペイシェントジャーニー分析にあたっては、臨床現場のヒアリングを必ず行います。このヒアリングは処方意向や患者数に関することだけを意味するのではなく、RWD分析を正しく解釈するためのもので、臨床現場における保険診療の実態や癖を理解するための項目を含みます。レセプトの限界を知ってなお示唆を得るために、有効かつ必須と考えます。

製薬マーケティングの質を高めるにはRWDが有効

RWDがない場合、売り上げデータによるシェア分析、MR経由で聞き取り調査した患者数、活動の投下量、処方インパクト、疫学論文などのデータが利用されます。マーケターがよく見るグラフの例としては、がんの拠点病院と非拠点病院の薬剤シェアの違いなどがあるかと思います。

しかし、本講演では患者の「追体験」を積み上げることによって定性と定量の考察を得るビジョンが紹介されました。RWDを使えば、処方ダイナミクスはもちろん、疫学論文や売上情報では分からない潜在的な臨床の課題を推察することも可能になります。これからのオンコロジーや医療用医薬品のマーケターは、診療履歴などをもとに患者の体験を追うことによって、ペイシェント・セントリシティの考え方にシフトしていくことが重要ではないでしょうか。


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