【コラム】第2回 製薬業界のDX/UXの取り組みと課題

DX(デジタル・トランスフォーメーション)/UX(ユーザーエクスペリエンス)の向上によって、私たちの生活の利便性がますます高まっています。この影響は、製薬業界にも及び始めています。しかし、製薬業界でのDX/UXへの取り組みは企業によってまちまちで、成功事例も限定的です。同時に、それらの取り組みの課題も見えてきました。そこで第2回は、製薬業界におけるDX/UXの取り組みと課題を取り上げます。
(Prospection株式会社 カスタマーサクセス プリンシパル 高橋洋明)

▼第1回はこちら
【コラム】第1回 製薬業界の立場から、話題のDX/UXの本質を掴む

製薬業界のDX/UXの取り組みと他業界との比較

第1回では、DX/UXについてその概念を紹介し、具体的な事例を見てきました。マーケティングやプロモーションにおけるDX及びUXは、製薬業界よりも他の業界、特に顧客と直接触れることができるファッションや飲食、小売業などのB to CがDX/UXに取り組みやすく、顧客の満足度も向上しやすいと容易に想像できます。

一方、製薬業界では、医師個人や患者さん個人の行動データの入手が難しく、そのため医師や患者さんの顧客満足度を高めるための検討そのものも難しいです。製薬業界はこれまで、DX/UXについて考える機会がそもそも少なかったと言えます。これらが他の業界と製薬業界のDX/UXの違いです。

製薬業界に特化してDXを考えると、下記のような製薬業界を取り巻く環境の変化をきっかけとして、DXの導入推進を図りたい経営陣の意向が見て取れます。

  1. 新薬開発の難易度の高まり、コスト増大による経営状況悪化の危機が迫っている
  2. 政策によるジェネリック医薬品の市場シェア増大、先発医薬品の売上の急激な減少による経営状況悪化の危機が顕著になった
  3. 診療報酬改定や毎年薬価改定による製薬企業の収益状況の悪化も懸念される
  4. 収益状況の打開のためにマーケティングやプロモーションの効率化、ROI(費用対効果)の向上が必須である

このように、製薬業界におけるDXは、臨床開発でのDXと、マーケティングやプロモーションのDXの2つに大きく分けて考えることができます。このコラムでは後者に内容を絞ります。

製薬業界のDXの課題は?

製薬業界のDXの課題は、主に下記の点に集約されると考えられます。

課題1:DXの本質について、経営陣の一層の理解が求められる

製薬企業の経営者が、DXによって業績を伸ばしている他の業界・企業の話を聞き「自社も同様のやり方で売り上げを伸ばしたい」という意図でDXに取り組むよう指示を出している企業が散見されます。これはDXの本質を捉えていません。OMO (Online merges with Offline)という、顧客にとって利便性が高い世界にシフトしている中、自社が医師や患者さんの利便性を高めるために何に取り組むべきかの議論から着手する必要があります。しかし、筆者のこれまでの実務経験上、まずDXの本質について理解を得るところから始めなければならない製薬企業が少なからず存在します。

課題2:DXの具体的な手法についても、一層の理解が必要である

自社内のシステムについて知識がある経営陣の場合、それらを連携すればDXができると考える製薬企業の経営陣が多いようです。そのため、システム連携に優れた技術を持っているITベンダーの提案をそのまま採用して、システムを構築する製薬企業も散見されます。

しかし、ITベンダーの中には、システム連携の技術はありながら、OMOの概念やDX/UXの理解が追いついていないベンダーもあります。
そうなると、DXの取り組みが自社内のシステム連携や業務プロセスの見直しにとどまってしまい、上記<課題1>の議論がないままDXを実行することになり、得られる成果は社員の顧客体験の向上にとどまります。このように、顧客である医師や患者さんの顧客体験について、これから着手するという事例もまだまだあります。

課題3:製薬企業の経営陣からの不適切な指示が出ることがある

製薬企業の経営陣が「DXに取り組もう」と指示を出すと、それを担当者が受けることになります。しかし、担当者の多くは、その指示が経営陣のDXの理解不足や製薬企業内の課題解決に繋がらない可能性が高いことを察知しています。実際にそうした話を筆者の友人から聞くこともあります。

課題4:DX/UXの評価方法は、まだ確立していない

今後製薬業界全般に、DXの取り組みが進み、UXも向上していくでしょう。現在それらの評価方法はありませんが、今後確立されていくと考えられます。これらの取り組みによって、製薬企業の顧客である医師や患者さんの満足度は向上しているのだろうか?ということを常に意識し、取り組みの結果を評価し、次への改善に取り組むことで業界全体が進化し、製薬業界全体の成長にも繋がっていくでしょう。この取り組みでUXを高め、顧客のファン化を実現することが、自社製品の第一選択薬のポジショニングの獲得と安定した処方の獲得に至ります。

課題5:プロダクトマネージャーにとってのDX/UXの取り組みの模範例が乏しい

今後の製薬企業は、DXへの取り組みが加速し、UXの継続的な向上を目指すことになります。自社製品のマーケティングやプロモーションにおいては、顧客へのメッセージに責任を持つプロダクトマネージャーが、医師への高品質な情報提供とその利便性を高め、医師の満足度を向上させることで、製品の売上にも責任を持つことが求められるようになると考えられます。

残念ながら、DX/UXに精通したプロダクトマネージャーは非常に少ない(そのような役割を現時点では求められていない)ため、これからの製薬業界のDX/UXを想像しながら、トライアンドエラーを繰り返していく必要があります。
また、経営陣も、そこで費やすコストと時間をどれだけ我慢できるかが問われることにもなるでしょう。

近い将来、プロダクトマネージャーがDX/UXに深く関わることになる?

製薬業界におけるDXの取り組みやUX向上のためにプロダクトマネージャーが検討しなければならないことは、たくさんあります。どこから手をつけていいのか、何をやらなければならないのか、分からないことだらけかもしれません。ですが、これらは他の業界ではすでに何年も前から取り組まれていたことです。他の業界のマーケターも手探りで、試行錯誤の結果、現在のDX/UXにたどり着きました。

現在のマーケティングでは、UXを無視して、プロダクトアウト(企業が作りたいモノや、企業の方針に合致するモノなどを重視しながら製品の開発・提供を行う考え方)で売れている製品は少ないということを知っておいて損はありません。他の業界のマーケターも、あくまでも最高のUXを提供するために「どのようなデータが必要で、どのようにそれらをリアルタイムで分析し、どのように自らのマーケティングやコミュニケーションに活かすか」ということを手がけ続けてきました。製薬業界でも、医師や患者さんのUXを向上させるためにできることはまだまだありそうです。

次回のコラムでは、プロダクトマネージャー向けにDX/UXの取り組みをさらに深掘りします。

<参考>
藤井保文, 日経BP, 2020, 『アフターデジタル2 UXと自由』 
藤井保文/尾原和啓, 日経BP, 2019『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』