製薬マーケティングで使える!結果が出るSTP分析の方法を解説

製薬マーケティングで使える!結果が出るSTP分析の方法を解説

マーケティングプランを実行した後、その医薬品が狙い通りにマーケットの中で確固たるポジションを獲得できるかどうかは、今回紹介する「STP分析」次第です。製薬マーケティングにおいて、STP分析はどのように活用できるのか。具体的な例を用いて、マーケットでシェアを獲得できるSTPの作り方を解説します。

STPとは?

STPとは、アメリカの経営学者であり、現代マーケティングの第一人者として知られるフィリップ・コトラーが提唱した、マーケティング戦略立案のフレームワークの一つです。STPは、Segmentation(セグメンテーション)、Targeting(ターゲティング)、Positioning (ポジショニング)のそれぞれの頭文字をとって名付けられました。それぞれが何を目指して、どのようなこと検討するのかを、以下に示します。

STP分析のそれぞれのポイントとゴール

STP分析の目的

STP分析の目的は、自社にとってマーケットの中で最も勝ちやすいところがどこか、どのようにして戦うか、その時の武器が何かを検討することです。具体的なプロセスとしては、STP分析はマーケティングプランの立案のプロセスの中において、以前紹介した PEST分析 3C分析 SWOT分析 ファイブフォース分析 などの社内外の環境分析の後に行います。

S egmentation・・・PEST分析やファイブフォース分析で得られた市場環境の分析結果に基づいて、検討します。
T argeting・・・Sに基づいて切り分けた市場に優先順位をつける検討をします。
P ositioning・・・セグメントごとのニーズに自社の製品特性が合致するように、SWOT分析で得られた製品特性から導き出します。

これらの分析によって得られた結果や知見を元に、ターゲットとなる医師に自社の医薬品をどのように思って欲しいのかを明確にするプロセスがSTP分析です。

製薬企業がSTP分析を行うメリット

STP分析を行うメリットは、下記のように多岐に渡ります。

  • 顧客(医師や患者さん)のニーズを把握できる
  • 各市場のビジネスチャンスの比較検討が容易になる
  • 自社医薬品の強みの明確化と弱みの最小化を図ることができる
  • 効率的なプロモーションが展開できる
  • 製品のベネフィットとマーケティング戦略の妥当化の検証、およびプランの修正がしやすくなる
  • 他の治療法や競合他社の医薬品との差別化ができる
  • 効率的な経営資源(ヒト・モノ・カネ・時間など)の配分が可能になる
  • 収益の確保の実現性を検討できる
  • 市場への参入を実現できる

製薬業界では、STPが明確になるように丁寧にプランニングすることは、MR活動にも役立ちます。MRにとって分かりやすいSTPは、MRによるプロモーションの方向性や伝えるべき製品のメッセージが分かりやすく明確になります。したがって、MRがプロマネの意向に合致するようにディテーリングしやすく、自社の医薬品のポジショニングを獲得しやすいでしょう。

製薬マーケティングにおけるセグメンテーションの考え方

製薬業界におけるセグメントとは、市場の中の医師や患者さんの顧客グループのことです。例えば、下記のような切り口で市場を切り分けることが可能です。

  • 指導医もしくは専門医/非専門医
  • 勤務医/在宅医
  • 病院/クリニック
  • 病診連携可能/不可能
  • 患者数○○人以上/以下

上記は一般的によく行われるセグメンテーションですが、最近このような切り口では顧客のニーズを満たしきれない事例も増えてきているようです。これは、顧客の実態に即したセグメントというよりも、プロマネや営業チームが分かりやすいセグメントになっているからです。現在は長引く不況や新型コロナウイルスの蔓延等によって社会やビジネス環境が刻々と変化していて、それに伴い患者さんのニーズも変化しています。したがって、これらの変化を踏まえたセグメンテーションを行うことがますます重要になっています。

セグメンテーションを行う際に最も重要なことは、 ニーズの塊(かたまり)を見つけること です。そのためには、まず以前ご紹介したPEST分析やファイブフォース分析、3C分析、SWOT分析等の環境分析を行いましょう。その上で、以下のセグメンテーションの切り口を加えてみることをおすすめします。

医師や患者ニーズの検討で考慮したいセグメンテーション

ニーズの塊を見つけるためには、どのような要因が医師や患者さんのニーズに影響を及ぼすのかを吟味する必要があります。例えば、以下のような観点は、医師や患者さんのニーズをより一層深く検討する際に役立つでしょう。

人口動態変数(デモグラフィック)

性別、年齢、居住地域、所得、職業、家族構成など人口統計学的な属性の総称 です。20代と後期高齢者では生活様式が違い価値観も違うため、同じ製品メッセージでも反応が異なることがあるでしょう。また、高所得の地域とそうではない地域では、薬価が家計に及ぼす影響の度合いも異なるため、高薬価の医薬品に対する患者さんの受け入れに差が出るかもしれません。その他、患者さんが国民健康保険(自営業や農家が多い)か社会保険(会社員が多い)かでも受診行動が異なる可能性も考えられます。

地理的変数(ジオグラフィック)

地域特性や気候、人口密度、都市化の進展度、文化などの属性 です。大都市圏と地方では患者さんの自宅から医療機関までの距離が違うこともあるため、通院のしやすさは患者さんの利便性に影響します。注射薬のマーケティングでは意味合いが重要になるでしょう。地方であっても、自家用車の所有台数が多いといった共通項があるいくつかの県を一つのセグメントとすることもできそうです。

心理的変数(サイコグラフィック)

医師や患者さんの価値観、信念、理解の程度、趣味嗜好、購買の動機や購買の頻度などの属性 です。効果が非常に高く高薬価な医薬品を医師が患者さんにおすすめしても、患者さんが金銭的な負担を気にして処方に繋がらないこともあります。このようなケースは心理的変数が処方や治療の意思決定に影響したといえます。医師や患者さんにもさまざまな事情がありますから、それらも考慮する必要があるかもしれません。

行動変数(ビヘイビアル)

医師や患者さんの行動などの属性 です。インターネットやデジタルツールの普及によって、近年では自社サイトの会員/非会員、自社サイトへのアクセス回数や時間の長さ、アクセスするときのデバイスのPC/スマートフォンなども属性になりえます。自社サイトを情報伝達のチャネルと位置付けてプロモーションを展開する場合には、重要な属性です。

製薬マーケティングにおけるターゲティングの考え方

ターゲティングは、どこで戦うか?を決めることです。前述のセグメンテーションで切り分けたセグメントの中から、以下のような要素を踏まえて、はじめに戦うセグメントを決めます。

  • サイズ
  • 成長率
  • 参入障壁の高さ
  • セグメントから得られる収益性
  • 現在と今後で予想される競合状況
  • 自社のビジネス上の重要度
  • アンメットメディカルニーズの状況

ターゲティングはセグメンテーションと密接に関係しています。ターゲティングによって、戦い方(マーケティング方法)が以下のように変わります。

1. 無差別型マーケティング

セグメンテーションで見たさまざまな属性に関係なく、どのような人にも受け入れられる製品が取るマーケティング戦略です。幅広い診療科で処方される可能性がある抗生剤や生活習慣病治療薬などが取りやすいマーケティング手法ですが、マーケティングコストもかかりやすい可能性もあります。

2. 差別型マーケティング

セグメンテーションした複数の市場に、それぞれに適した製品を複数出していくマーケティング戦略です。セグメントごとに異なる製品や、異なるチャネルを通じて情報提供していきます。製薬企業の場合は、同時期に異なる疾患領域の新薬を複数上市する場合などが考えられますが、実際にこのマーケティング手法を行う企業は極めて限定的でしょう。

3. 集中型マーケティング

特定のセグメントに集中してマーケティングを行う方法です。現在の製薬企業では、このマーケティングが最も多いように見受けられます。有望と考えられるセグメントを絞り込み、限られた資源を集中して投下することで収益の最大化を図ります。

同種同効品の場合、複数の製薬企業がこぞって同じセグメントに参入しやすいです。これはセグメンテーションする際に、患者数が多い医師や施設をターゲットとするためです。確かに売上の観点では絶対に外せないセグメントですが、見方を変えると、例えば参入障壁が低い他のセグメントを先に獲得してしまい、競合品に先駆けて、自社の医薬品を地域のデファクトスタンダードとして確固たる地位を確立するというやり方もあるかもしれません。

製薬マーケティングにおけるポジショニングの考え方

ポジショニングは、医師や患者さん等の顧客の心の中に、製品の位置付けを行うことです。顧客の中にパーセプション(認識・理解)をいかに形成するかがポジショニングの成否の鍵となります。

ポジショニングでは、ポジショニングマップと呼ばれる2軸でのマッピングを行い、競合品と比較分析することがあります。その分析で、医師から自社の医薬品や競合品がそれぞれどこに位置づけられているのか、狙い通りのポジションが獲得できているのか、次に狙うべきポジションはどこかなどを検討します。 ポジショニングを知ることで、競合との位置関係やその意味、強み、弱みを把握できます。 そのことで、ポジションの差別化を加速させ、確固たる競合優位性を確立することができます。

ポジショニングマップの例

製薬企業におけるSTP分析の具体例

例として、前述のポジショニングマップにある製品AでのSTPを簡単にお示しします。

製品A
対象疾患:非小細胞肺がん
新規作用機序の新薬。同種同効品は製品B。開発時のデータでは、有効性と安全性のバランスが高い次元で実現できることが確認済み。これから上市する。

製品Aのセグメンテーション

製品Aは上市前の新薬でデータが少ないが、今後製品Aのデータ構築に協力してくれる医師で、かつ全国への波及効果が高い医師を最優先とし、情報提供の優先順位をつける。

  1. 新薬を試してみたい医師(イノベーター理論でのイノベーターやアーリーアダプターに分類される医師)集団
  2. 市販後臨床試験を引き受けてくれやすい、研究実績を残したい医師集団
  3. 大都市圏(患者さんの所得が全国平均よりも高額な地域)にいる、肺がん診療の経験が豊富な、処方量が多い(新薬の採用と処方に心理的障壁が低い可能性が高い)医師集団
  4. 地方にいる肺がんを診療する医師集団(処方医を増やし、マーケットのシェアを獲得する)
  5. 研修医〜肺がん学会に所属しているが認定医はこれから取得する若い医師集団(将来のKOLを育成する対象集団)

製品Aのターゲティング

早期のデータ構築の観点から、製品Aの早期の新規採用後、臨床試験を実施しやすい医師集団を上市直後の第1ターゲットとする。

  1. 新薬を試してみたい医師(イノベーター理論でのイノベーターやアーリーアダプターに分類される医師)集団
  2. 市販後臨床試験を引き受けてくれやすい、研究実績を残したい医師集団

製品Aのポジショニング

製品Aへの期待感を医師に想起させたい。

  • 製品B: 製品Aよりも高い効果が得られる、従来から汎用されている医薬品。現時点での第1選択薬だが、ガイドラインへの記述はない。次回のガイドライン改定で第1選択薬として推奨される見込み。
  • 製品C: 古くからの作用機序で従来から汎用されている。後発品の追補が近い。効果は高くないが安全に使えるため処方しやすいという医師の評価を得ている。
  • 製品D: 製品A、B、Cとは異なる作用機序で、有効性が高く効果の発現も最も早いが煩雑な副作用対策が欠かせない。医師が処方を面倒に感じている。薬価もA、Bより1割程度高い。
  • 製品E: 製品Aの開発時の対象薬。製品AはEよりも有意差を持って効果と安全性が高かった。EはA、B、C、Dとは異なる作用機序だが、豊富なデータを有し、医師も処方経験があるため使いやすい。薬価は5剤の中で最も安く、製品Aの7割程度。これも患者さんの受け入れが良い理由の一つ。

これらの競合分析の結果から、製品Aのポジショニングを下記に定めます。

  1. 新規作用機序で効果と安全性の高さを両立した薬剤である
  2. 非小細胞肺がん治療の第1選択薬となる可能性をもつ薬剤である
  3. 従来の治療薬(製品E)に比べ、製品Aは効果と安全性が高かった

医薬品の場合、有効成分が似た構造の同種同効品では、効果や安全性も似たプロファイルになることがあります。その場合は有効性や安全性とは異なる別の軸を設定することも役立ちます。

例えば、治療に費用対効果を求めるセグメントがあったとします。この時、自社の医薬品が医療技術評価(HTA : Health Technology Assessment)によって患者さんに提供できるメリットを検証済みなら、このセグメントのニーズを満たすことができるため、メッセージにも活かせるかもしれません。

STPの精度を高め、収益を確保するポイント

STPは、それぞれが密接に関わるため、ポジショニングからターゲティングに戻ったり、ターゲティングからセグメンテーションに戻ったりしながら検討を進めていくこともあります。STPをそれぞれ何度も検討することで、ブラッシュアップが可能です。

とはいえ、STPの検討の順番はS→T→Pの順番で進めることをおすすすめします。医薬品のSTPでは、得られたデータから科学的に正しいことのみを伝えることが求められるため、現在のデータからいえることを製品メッセージ化しやすく、メッセージが先に仕上がりやすい傾向があるからです。
ですが前述の通り、医師や患者さんのニーズが何で、どのようにセグメントできるのか十分に検討する必要があります。検討が不十分だと、それらのニーズに製品メッセージが必ずしも合致しないため訴求力が弱くなり、製品メッセージが医師に伝わりにくくなります。すると、医師に自社医薬品を想起してもらえなくなるかもしれません。STPのプロセス全体の効率を鑑みても、セグメンテーションから検討を始める方が、無駄を減らせる可能性も高いでしょう。

STPの精度を高めるためには、環境分析をしっかり行うことが必要です。そのためにはPEST分析やSWOT分析などのフレームワークを駆使して情報を整理し、インサイトを探究し、医師や患者さんに伝わりやすいメッセージを作り出すことで第1選択薬のポジショニングを確立していきましょう。

また、患者さんも処方する医師も多いにも関わらず、セグメントがあまりに少ない医師数だと収益悪化につながります。投下するコストと得られる売上のバランスも考慮しましょう。

STP分析で自社の医薬品の強みを活かしたマーケティングを

どの業界でもニーズを満たせば製品が売れるようになります。顧客が第1選択に位置付けてくれている製品は安定して売り上げが伸びます。医薬品も同様です。どのようなニーズの塊があって、そこに自社医薬品がどのようにニーズを満たせるのか、その医薬品を医師にどのように想起していただくか、これらをプロマネの意図通りに確立できれば、結果はついてくるでしょう。STPを活用して、結果が出るマーケティングを実践していきましょう。